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拝啓・古地図サロンから22

2020年12月12日・本渡章より、これをお読みのみなさまへ。

【今回の目次】
■古地図サロン(11/25)のレポートと次回予定
●2021年初春の講座・講演・出版予定など
★古地図ギャラリー
 ①東畑建築事務所「清林文庫」の「メルカトル世界地図帳」「オルテリウス世界地図帳」
 ②昭和の伊能忠敬・井沢元晴の「大阪府全図(三部作)」

■古地図サロンのレポート

開催日:11/27(金)午後3~5時 大阪ガスビル1階カフェ「feufeu」にて

皆さま、お元気でいらっしゃいますか。今回のサロンはコロナ第3波を気にしつつ本年最後の開催となりました。来場者数はいつもとほぼ変わらずで、無事終了。2時間が過ぎるのが早かったです。

明治~大正~昭和と近代大阪の地図のバラエティを見てきた本年の締めくくりに、前回の古地図ギャラリーでとりあげた井沢元春作の鳥観図を展示しました。「ふたつの飛鳥と京阪奈」「河内路と飛鳥」「倉吉市と周辺文化遺跡絵図」の3点です。

野山の緑が美しい絵画的な世界に都市や史跡が溶けこんで、みなさん吸い寄せられるように見入っていました。いずれも井沢氏のご遺族から提供していただいた図で、特に大阪湾から琵琶湖までの広域を描いた大作「ふたつの飛鳥と京阪奈」のスケール感と迫力は満点。井沢元春の名を聞くのは初めてという方がほとんどで、戦後40年間を鳥観図一筋に生き抜き、日本各地の図を描いたことから昭和の伊能忠敬と呼ばれるに至った生涯を紹介すると、サロンが驚きの声で包まれました。平成2年に亡くなれたのが惜しまれます。没後30年が経ちましたが、今後の再評価が望まれます。

他の展示は、戦前~戦中~戦後の大阪の区分地図、近郊図など。変わり種は昭和16年の「大阪府中等以上学校分布図」で大阪市内と府下の中等以上学校を網羅した図で、現在の高校、大学の前身にあたる学校の名前を見つけるのが面白いです。浪速区、西成区、天王寺区の地図は、今と境界線が違い、思わぬ町が思わぬ区に属していたりして、意外性が楽しめました。

というわけで、皆さまとまたサロンでお会いできるのを楽しみにしております。

◉今回のサロンで展示した古地図

《原図》
「大阪市観光案内図」昭和13年(1938
「大阪府中等以上学校分布図」昭和16年(1941
「区域変更図」昭和18年(1943
「大阪市区分地図・西成区地図」昭和11年(1936
「大阪市区分地図・天王寺区地図」昭和11年(1936
「浪速区詳細図」昭和20年代後半
「大阪市街鳥観図」昭和21年(1946
「朝日新聞特選大阪府近郊地図」昭和27年頃

★他に昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図2点
「ふたつの飛鳥と京阪奈」(前回の古地図ギャラリー掲載作品)
「倉吉市と周辺文化遺跡絵図」昭和58年(1983
井沢元晴の作品は今回の古地図ギャラリーにも掲載しています。

◉次回は2021/1/22(金)15:00~17:00

会場は大阪ガスビル1階カフェにて開催。私の30分トークは16:00時頃からです。テーマは「昭和の地図」。サロン参加は無料(ただしカフェで1オーダーが必要)。途中参加・退出OK。必ずマスク着用のこと。新型コロナウィルスの状況によって中止になる場合は、この場で事前にお知らせいたします。

★2021年もこれまで通り奇数月の第4金曜日午後3~5時に開催していく予定です。

■2021年初春の講座・講演・出版予定

●朝日カルチャーセンター中之島での講座

講座「古地図地名物語」は7年目に突入。2021年初春は1月22日(金)、2月26日(金)、3月26日(金)の実施予定。各日とも時間帯は午前1030分~12時。テーマは上町台地西側エリアの「西区」「浪速区」「西成区」です。

問い合わせ/06-6222-5222または朝日カルチャーセンター中之島で検索

講演「江戸時代の観光案内で見る住吉」

本渡章が「摂津名所図会」、大阪市立大学大学院文学研究科の菅原真弓教授が「浪花百景」を題材に住吉の話をいたします。講演の後、「すみよし歴史案内人の会」による町歩きも予定。詳細は住吉区民ホールの案内、住吉区の広報などでご覧ください。

日時/2021年2月27日(土)午前10時~12時
会場/住吉区民センター小ホール

ナカノシマ大学での連続講座

大阪24区物語の書籍化が進行中。2020年3月頃、140Bから刊行予定。出版記念講演も予定しています。

 

|古地図ギャラリー|

1.『メルカトル世界地図帳』『オルテリウス世界地図帳』
(東畑建築事務所「清林文庫」より・その2)

前回に続き、東畑建築事務所(大阪市中央区)のご協力を得て、世界有数の稀覯本コレクション「清林文庫」の逸品をご紹介します。

まずメルカトルの『世界地図帳』。メルカトルといえばメルカトル図法で名高い16世紀最大の地図学者。彼の死の翌年(1595年)に出版された同書の扉には「アトラスまたは世界の創造と創造された(世界の)姿に関するコスモグラフィー」との長い副題が記され、球体を抱え持つアトラスが描かれていました。

アトラスといえばギリシア神話の天空を支える巨人の名が有名ですが、本書では、世界初の地球儀作成者とされるリビアの伝説の王の名に由来するものと考えられています。1606年には地図作成者ホンディウスの手で新図を加えて刊行された増補版が、メルカトル・ホンディウス版アトラスとして好評を博し、1640年までに30版を重ねて各国に広まりました。今でも地図帳がアトラスと呼ばれるのは、本書の扉が起源です。

「清林文庫」蔵の本書はメルカトル・ホンディウス版アトラスの一冊でラテン語阪。見開きの地図頁をご覧ください。左上にギリシア、右端に日本が描かれています。約400年前の作成とは思えない鮮やかな色合い。豊かな装飾性に魅せられます。

次はオルテリウスの『世界地図帳』。オルテリウスはメルカトルと同時代に活躍した地図作成者・出版者。メルカトルのアトラスに先立つ1570年に出版した『世界地図帳』は、世界最初の近代的地図帳とされ、1612年までに41版を数える大成功を収めました。

オルテリウスはメルカトルとも交流があり、ライバルが世界地図帳作成事業に取り組んでいるのを知って刺激され、先に完成させたと伝えられています。『世界の舞台』と題された地図帳には、日本列島が描かれた頁(写真)があります。時を経たものの重厚さが漂う表紙とともに、じっくりとご覧ください。

☆東畑建築事務所「清林文庫」
創設者東畑謙三が蒐集した世界の芸術・文化に関する稀覯本、約15000冊を所蔵。建築・美術工芸・絵画・彫刻・考古学・地誌など分野は幅広く、世界有数の稀覯本コレクションとして知られる。古地図に関しても国内外の書籍、原図など多数を収め、価値はきわめて高い。

2.『A NEW ATLAS帝国新地図』『NEW SCHOOL ATLAS普通教育世界地図』
(本渡章所蔵地図より)

近代化に突き進む明治の日本が取り組んだ大事業のひとつが学校教育でした。世界地図帳がその重要な教材になりました。今回掲載の2点の発行年は次の通りです。

A NEW ATLAS帝国新地図』明治24年(1891)発行
NEW SCHOOL ATLAS普通教育世界地図』明治39年(1906)発行

それぞれの表紙に「ATLAS(アトラス)」の文字が見えます。メルカトルの『世界地図帳』の扉をアトラスの絵と文字が飾ったのが、世界地図帳をアトラスと呼ぶようになったはじまりと先述しました。流れはこうして明治の日本にも及んだわけです。

A NEW ATLAS帝国新地図』は日本地図帳ですが、表紙は「JAPANESE EMPIRE」の英文字と地球がデザインされてユニバーサル志向。一方、近畿の頁の題名は「畿内全図」で、「畿内」は歴代皇居が置かれた大和・山城・河内・和泉・摂津の五カ国をさす古代以来の名称。新旧の日本が混然となった地図帳に、明治の子供は何を思ったでしょうか。

NEW SCHOOL ATLAS普通教育世界地図』の「世界現勢図」と題した頁を見ると、今とは国の数も国名もかなり違うのがわかります。フランス、ドイツ、イギリスの版図(領土)が別枠で載っています。凡例に日本の航行路、日本の海底電線とあるのが、近代国家の仲間入りをようやく果たした日本が胸を張っているようで、明治末の世界を覆っていた空気を感じさせます。

3.『大阪府全図(三部作)』(鳥観図絵師・井沢元晴の作品より・その2)

前回に続き、昭和の伊能忠敬と呼ばれた神戸生まれの鳥観図絵師・井沢元晴が残した作品を、ご遺族の協力を得て紹介します。

「大阪府全図」は、(一)北摂、(二)大阪・堺、(三)泉南で構成された三部作。それぞれの部分図(写真)を掲載しました。南北に長く連なる野山の緑と海岸線の青が美しく、大阪城や古墳群などの史跡、野を貫く鉄道、大小の市街の風景に時の流れと人の営みを感じます。

スケールのゆたかさと精緻な筆致を兼ね備え、細部を覗き込んでも、引いて眺めても見ごたえたっぷり。鳥観図の醍醐味が集約された本作は、井沢元晴の代表作のひとつともいえる逸品です。今回掲載の図では、画面を両断して太く流れる淀川をダイナミックに描いた一枚が筆者のイチオシ。右端に大阪城と中之島の東部も見えます。

2020年は井沢元晴没後30年にあたります。渾身の大作「大阪府全図」が節目の年に、再び人の目に触れる機会を得たのは喜ばしいことです。今回は部分図のみの公開ですが、いつか作品の全貌が多くの方に知られる日が来るのを望みます。

☆鳥観図絵師・井沢元晴
井沢元晴は戦後から昭和末までの約40年間に、日本各地を訪ねて多くの鳥観図を描き、昭和の伊能忠敬とメディアで紹介されました。活動の前半期にあたる戦後の20年間は「郷土絵図」と呼ばれた鳥観図を作成。その多くは、子供たちに郷土の美しさを知ってもらいたいとの願いをこめて各地の学校に納められ、校舎に飾られました。学校のエリアは主に西日本です。「郷土絵図」の活動は60年代半ばまで継続し、新聞各紙にとりあげられました。

井沢元晴氏のご遺族は今、「郷土絵図」にまつわる思い出や絵の消息に関する情報をお持ちの方を探しておられます。当時の生徒さん、学校関係者など、このブログをご覧になって、少しでも心あたりがあるという方が、もしおられましたら、次のアドレスにメールをお送りいただければ幸甚です。小さな情報でもかまいません。よろしくお願いいたします。

足立恵美子(井沢元晴長女)emikobook@yahoo.co.jp

 

過去の古地図ギャラリー公開作品(2020年9月)

①東畑建築事務所「清林文庫」より「ブレッテ 1734年のパリ鳥観図」
②昭和の伊能忠敬・井沢元春の鳥観図より「ふたつの飛鳥と京阪奈」