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新連載「阪急沿線 あの駅のこと」のこと

担当/中島 淳

新たにはじまった連載の絵は、再び綱本武雄さんの手によるものだ。
「再び」というのは、綱本さんが2008年から16年まで8年間、『TOKK』の連載「阪急沿線 ちょい駅散歩」で毎月1回、87の駅と駅前の風景を描き続けてきたからである。

TOKK2008年4月1日号より ©阪急電鉄

TOKK2008年4月1日号より ©阪急電鉄

このビジュアルを覚えておられる方も多いだろうし、「じぶんの駅」が載った号を保存している読者も決して少なくないと思う。綱本さんは現地を取材して、これだけのボリュームの精緻なカラーイラストを毎月数点描きつつ、他の仕事も幅広く手がけていた(140Bだけでも『月刊島民』の連載や『大阪人』の別冊があった)。おそろしいほどの集中力である。

今回の「阪急沿線 あの駅のこと」は、TOKKの連載で訪ねた「あの駅」をもう一度訪れ、取材者のテキストに、綱本さんが描き下ろしたイラストを添えるというもので、「延長戦」というより「新たなスタート」の色が強い。その理由は、松本有希さんがこの連載の取材・執筆を担当するからである。

綱本武雄の絵に「呼ばれた」駆け出しの編集者

松本さんは、阪急阪神東宝グループの会社に勤務していた2007年当時、『TOKK』に新たな企画を立ち上げたい、できれば自分が取材して原稿を書きたい、という熱い思いを抱いていた。アップルからiPhoneという「携帯電話」の概念を超えた商品が発売され、インターネットでのメディア展開が新たなフェーズを迎えていた頃である。会社では『TOKK』のフリーペーパーとしての生き残りをかけ、社員に「もっと読者を増やし、新規読者を開拓せよ」という号令がかかっていた。

そんな時、あるライターから尼崎のフリーマガジン『南部再生』を見せてもらい、それに連載を描いている綱本さんの絵に目が釘付けになったという(綱本さんは『南部再生』創刊の2001年5月号から2020年4月号の第62号まで連載)。
「この人と連載したら絶対いい紙面になる!!」。それから綱本さんにコンタクトを取るのは早かった。何日か後に武庫之荘駅に降り立ち、綱本さんがはたらく事務所のドアを開けて連載を口説き落としたそうだ。

2008年4月、「阪急沿線 ちょい駅散歩」が門戸厄神駅を皮切りにスタートした。綱本さんは毎回イラストを描いていたが、取材ライターは編集部の持ち回りで、3か月に1回ほどが松本さんの担当だったという。TOKKという媒体の性格上、「編集者の顔が見える連載を作りたい」「自分たちで取材して書いて、読者の方に、作り手の温度を感じてほしい」とは思っても、クレジットが「イラスト/綱本武雄」しか出ないことに、編集者(書き手)として、若干の寂しさ物足りなさがあったのではないかと想像する。

そして「阪急沿線 ちょい駅散歩」が梅田駅で最終回を迎える2016年1月1日号。そのとき松本さんは2人目のお子さんを出産し、育休で立ち会えなかったことも心残りだったという。
「このまま『阪急沿線 ちょい駅散歩』は思い出になってしまうところでした」(松本さん)

14年後の逆プロポーズ

ところがそうではなかった。
「『阪急沿線 ちょい駅散歩』の現場をもう一度歩いて本にしたい」と今度は綱本さんから松本さんに提案をしたのである。それが今年の1月。そして4月から取材がはじまり、14年半ぶりに門戸厄神駅が2人の手でお目見えすることになった。

https://140b.jp/anoeki/article/p1

この連載は、当時のTOKKとは違って、あえて松本有希さんの「主観」や「個人的回顧録」を前面に出したものになっている。ひとりのライターがいくつもの時代を通じて見ていた「駅」や「駅前」の風景描写は、それを知る者なら記憶を一瞬にして呼び覚ます導火線のような力がある。

「門戸厄神駅」のテキストを読み終わってすぐ後に、「内田樹先生の講演会に神戸女学院大学へ行った日」「女学院OGの友人の結婚式でヴォーリズが設計した美しい中庭に入った日」「大厄の年に門戸厄神にお参りに行った日」などの記憶がこぼれ落ちてきた。あの駅に降り立ったことのある者は、たとえ松本さんのテキストに書かれた店については何ひとつ知らなくとも(私も固有名詞は全く存じ上げなかったが、店名を知らないだけで入ったことがある店なのかもしれない)、勝手にその人その人の「門戸厄神駅」の記憶が立ち上がるのではないかと感じている。

そして綱本さんが描いた駅前の絵でとどめを刺される。その風景は、あなたが知っている門戸厄神駅の記憶と「同じ」であっても「ずいぶん変わった」であっても、絵には綱本さんでしか表せない「時間」が塗り込められている。変わらないのはあの頃と同じように阪急電車が走り、いろんな人を乗せて走っていることだ。

駅は、鉄の車両が走って停まり、人が乗ったり降りたりする場所に過ぎないのかもしれないが、それでも私たちは「駅」と聞いただけで勝手に自分の物語を思い浮かべてしまう。だからこそユーミン(雨のステイション)や奥村チヨ(終着駅)や野口五郎(私鉄沿線)や竹内まりや(駅)が歌う「駅」の歌は、何十年経っても人の心に残るし、知らず知らずに口ずさんでしまう魔力がある。

松本さんと綱本さんがこの先、どんなふうに阪急の「駅」や「駅前」についての人の記憶を呼び起こし、心をざわつかせてくれるのか、楽しみで仕方がない。もちろん最後は本という形になることを期待しつつ。