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カツ代さんの「肉じゃが」を作ってみて

担当/中島 淳

ノンフィクションライターの中原一歩さんに料理研究家・小林カツ代さんのことを12月16日(土)のナカノシマ大学で話してほしいと思った理由は「波乱万丈の人生がおもしろそう」「大阪生まれ・育ちの人が全国区の料理研究家になったんやし」「大好きな百舌鳥の古墳つながり(前項参照)」などいろいろあるが、決定的な理由は、そのレシピを自分で作ってみて「これはウマいわ!」「こんなに早よできるんや」と思ったからである。

牛肉、タマネギ、ジャガイモしか入っていないが、そのシンプルさがまたヨイ

お恥ずかしい話だが、生まれてこのかた60年以上、肉じゃがというものは作ったことがなかった。

けれど、とても好きな一品なので、居酒屋では必ず頼むし、相方にも「最近肉じゃが食うてへんわ」などと横着をカマして作ってもらっていた。

中原一歩さんの『小林カツ代伝 私が死んでもレシピは残る(以下、カツ代伝)』では第一章で、1990年代に絶大なる人気を誇った食の格闘技的対決番組「料理の鉄人」(フジテレビ)に小林カツ代さんが挑戦者として出演し、中華の鉄人・陳建一を破ったスリリングな闘いが記されているが(対戦のテーマは「ジャガイモ」)、この章のキモである「肉じゃが」に大幅に字数が割かれている(以下引用)。

それまでの肉じゃがは、切ったジャガイモ、ニンジン、タマネギ、牛肉を、出汁、醤油、砂糖、みりんとともにゆっくり煮込むスタイルが一般的だった。最後に茹でたサヤインゲンなどがあしらいとして添えられる。

出汁はしっかりと鰹節の利いた二番出汁。ジャガイモやニンジンは面取りをし、ジャガイモは水にさらして準備する。調味の順番は和食の基本「さしすせそ」。荷崩れを防止するために火は鍋全体が沸き立つ程度の弱火。こうした和食の基本を押さえて作る肉じゃがは確かにおいしい。けれども、完成するまでに三十分を要する「手のかかる」料理だった。

それに比べると、カツ代の肉じゃがは自由奔放であり、豪快だ。なにより斬新なのは「出汁」ではなく「水」で煮るということ。(中略)煮物といえば「出汁」という概念を、カツ代は「料理の鉄人」という大舞台であっさりと覆した。ここで、「正調・小林カツ代の肉じゃが」のレシピを紹介しよう。

材料(四人分)

・牛薄切り肉……二◯◯グラム

・タマネギ……一個(二◯◯グラム)

・ジャガイモ……四個(六◯◯グラム)

・サラダ油……大さじ一

【A】砂糖……大さじ一、みりん……大さじ一、醤油……大さじ二と二分の一

・水……一と二分の一カップ(三〇〇ミリリットル)

どういうわけか美しい写真が載っている料理本より、文字だけで書かれたもののほうが自分にとっては印象に残りやすい。それで、この『カツ代伝』を見ながら肉じゃがを作ってみたのである(以下引用、写真は筆者)。

作り方

1 タマネギは半分に切ってから、繊維に沿って縦一センチ幅に切る。牛肉は二つ〜三つに切る。

2 ジャガイモは皮をむいたら、まるごと水につけておく。作る直前に、大きめに一口大に切る。

3 鍋にサラダ油を熱し、タマネギを強めの中火で熱々になるまで炒める。

4 真ん中をあけて肉を置き、肉めがけてAの調味料を加える。

Aの調味料を投入した直後。牛肉食いたさに300g使った(笑)

5 肉をほぐしながら強火で味をからめる。

6 全体にコテッと味がついたら、水気を切ったジャガイモを加えてひと混ぜし、分量の水を注いで表面を平にする。

ジャガイモはこんな後から入れるのが意外だった

 

7 蓋をして、強めの中火で十分前後煮る。途中で一度上下を返すように混ぜる。ジャガイモがやわらかくなったら火を止める。

 

それで10分ちょいで出来上がった肉じゃがを食べた時の感動は忘れない。

自分が作ったものというのは、作っている最中はテンションMAXになるが、出来上がりを食べる頃には沈静化していて、「ま、そこそこ美味しいやん」ぐらいの感じである。しかし、このときは違っていた。

タマネギもジャガイモも飴色になって、たまらん匂いが漂っております

カツ代さんの弟子、本田明子さん(料理研究家)はかつて、カツ代本のレシピ通りに作った料理があまりにも美味しかったので、「私は天才ではないだろうか!?」と思ったそうだが、筆者もドヤ顔をしつつあっちゅう間に皿を平らげたのである。

カツ代さんのレシピ。まだ入り口に足を踏み入れたばかりだけど、なんと全部で10,000点ほどあるらしい。毎日あたらしい料理を作ったとしても、死ぬまでにその3割にも満たないまま人生が終わってしまうだろう。

それでも、「休日、腕によりをかけて」ということではない限られた時間で美味いもんが作れるという幸せは、若い頃には味わえなかったよなぁ……と思うと、いくつになってもあたらしい何かを試して覚えてみるのはほんまに大事ですわ。

きっとカツ代さんは、2005年にくも膜下出血で倒れるまで、「あたらしい自分を拓く」ことを課していたのだと思うと、料理というのは奥が深いし、人が「生きるために命をつなぐ」ものだよなぁとしみじみ感じる。

残った肉じゃがにシラタキを入れて煮てから玉子でとじて丼に。これもオツです

そのカツ代さんの最後の10数年間を、至近距離で見ていた、彼女の戦友とも言える中原一歩さんの話は、ほんとうに楽しみである。

いよいよ間近になった12月16日(土)のナカノシマ大学

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