担当/中島 淳
6月29日(木)のナカノシマ大学に登壇される、文筆家でビジネス評論家の楠木新(くすのき・あらた)さん。
25万部のベストセラーとなった『定年後:50歳からの生き方、終わり方』(中公新書)をはじめ、『人事部は見ている。』(日本経済新聞出版社・日経BP)、近著『75歳からの生き方ノート』(小学館)などが有名だ。とくにここ10年あまりは多くの著書の発刊と並行して各地で講演を行い、NHK「日曜討論」にもコメンテーターとして出演しているお忙しい人である。
そのような人がナカノシマ大学に登壇されるのは珍しいことかもしれないが、そのきっかけは弊社の江弘毅である。
江は神戸松蔭女子学院大学都市生活学科の教授でもあり、神戸には40年以上住んでいて『いっとかなあかん神戸』(140B)や『神戸と洋食』(神戸新聞総合出版センター)などの著書がある。楠木さんも定年後に同じ学科の教授に就任し(2018〜22年)、キャンパスで江と顔を合わせることも度々あったという。
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ある日、江がこんなことを言った。
「同じ松蔭で教えておられる楠木新さん、『定年後』という本でベストセラーになった人なんやけど、話がおもろいし、ほんまに感じのええジェントルマンやで」
加えて
「聞いたらな、生まれも育ちも新開地で、福原の薬局の息子さんやねん」
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三宮・元町だけでなく新開地にも「なじみのええ店」をいくつか持っていて、著書でも度々紹介している江としては、自分が好きな下町の「リアルなおもしろさ」と「知的さ」を兼ね備えた楠木さんとの出会いは、久々に心おどるものだったのだと想像する(20年以上前に、江が内田樹先生の著書を読んだことがきっかけで、Meets Regionalの連載を頼んだという当時の興奮を思い出した)。
江を通じて楠木新さんにお会いすると、定年まで「淀屋橋に本社のある生命保険会社」で働いておられたことを知った。ラッキーである。というのも弊社が企画編集していたOsaka Metro発行のフリーマガジン『アルキメトロ』で御堂筋線90周年記念特集を編集していたからだ。執筆をお願いしたら、快諾いただいた。
楠木さんに「御堂筋線と淀屋橋の記憶」について執筆いただいたことで、別の欲が出た。
「この人にナカノシマ大学に登壇していただいたら、受講者のみなさんはすごく喜んでくれて、これまでにない講座になるのではないか」と。
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ナカノシマ大学というのは「ちょっとへそ曲がり」な市民講座である。
「ビジネス」の現場で活躍している人が登壇することがあっても、「日本経済の再生を!」とか「今こそ万博を通じて大阪復権!」みたいなことは間違っても言わないし、「仕事でのサクセスストーリー」とも無縁なところでやってきた。
楠木さんは「日本資本主義の本流」の一つである淀屋橋の生命保険会社に大学卒で入社して以降定年まで働いてこられた人だが、40代の後半にうつ状態に入り、長期休職したという。その時に深呼吸して人生を見直した結果、「会社をリタイアした人、50代で別の職業に転身した人」から話を聞く……ということを通じて、自分の方向性が少しずつ定まってきたそうである。
子どもの頃から新開地界隈で「オモロイおじさん」を数多く見てきた楠木さんは、人間観察が天職のようになっていったのかもしれない。建前しか言わない大企業のビジネスマン(の勤務中の姿)には魅力を感じなかったが、「会社という鎧をはずした場所で本音で語ってくれる人」に対しては大いに親近感を抱いたであろうし、相手が心を開いて話してくれることを通じて、楠木さん自身も精神的に回復していったのではないだろうか。
取材対象者は150人。毎日休まず一人ずつインタビューしても軽く5カ月かかる。「話を聞く」ことは正直、疲れる作業だが、それ以上に楠木さんはこのインタビューの日々を、何とも言えない充実感の中で生きていたのではないかと想像する。
そういう人が語ってくれる話のほうが、ナカノシマ大学らしくておもしろいかと。実際におもしろいです。
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300年前の享保9年(1724)、淀屋橋の南詰近くで、身分に関係なく誰でも学べる「懐徳堂」という私塾が開かれた。奉行の子どもだろうが大店の子息だろうが丁稚だろうが、仕事の合間に懐徳堂で学ぶことができた(山片蟠桃のようなスーパースター学者を続々輩出した)。
それがやがて適塾や大阪大学などに発展し、今日に至っていることを考えると、淀屋橋という街には「ここで働き、自分の新しい可能性を育てるために学ぶ」というDNAが大昔から息づいているのだと思う。
そう考えると楠本さんは、淀屋橋からハミ出した人どころか、淀屋橋で生まれた懐徳堂のDNAを現代に引き継いでいる人だと言える。その証拠に「懐徳堂跡の碑」は、楠木さんが勤務した生命保険会社の壁面に建っています。
楠木さんが執筆した『アルキメトロ』のタイトルは「淀屋橋は『想い出まくら』」。昭和歌謡好きなあなたはもうピンとくると思いますが、そんなフレーズが当日も連打必至です(笑)。
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