開業準備は取次と銀行から?
いよいよ、私の開業準備が始まりました。と言っても何から手を付けていいのかわからず、まずは取次さんとの交渉、同時進行で銀行へ融資の相談、と目星をつけてみました。
取次というのは本の問屋さんのことなのですが、他業種とはちょっと違う以下のような役割を担っています。
【配本機能】
各出版社から毎月多くの書籍が発売されていますが、それをどのように全国の書店に送品しているかというと、多くの場合は取次が各出版社から新刊や雑誌を仕入れ、それぞれの書籍をどの書店に何冊配本(送品)するのかを決めます。各書店に何冊配本をするかは、これまでその書店で売れた実績がデータ化されており、そのデータに基づいて決められています。もちろん一部大手書店や、書店からの直接注文があった場合のみ配本する出版社などは別の方法で新刊配本数が決まりますが、多くの町の書店では取次が決めた配本数によって自動的に新刊が送品されます。
そのためにそのお店では売れないだろう書籍も送品され、逆に売れそうな商品はたくさん売れるだろう大きな書店に重点的に配本されてしまい、町の書店には配本されない、ということがよく起きます。また取次の自社倉庫に各出版社の在庫を持つことで、書店からの注文があれば倉庫からすぐに出荷することができます。
【物流機能】
各出版社から取次へ送られてきた書籍を、全国の書店へ配送します。大手書店は1日2回、町の書店なら週に2~3回など送品頻度は違います。新刊や雑誌に関しては全国同日に発売されるよう日々送品をしてくれています。ちなみにBOOK’N BOOTHの注文品は毎週金曜日に入荷します。出版社が1箱単位で出荷してくれた場合は、曜日を決めず出荷のタイミングで入荷することになります。また配送してくれた際に書店側からの返品書籍があれば、それを回収してくれます。
【金融機能】
書店がどのタイミングで誰に商品代金を払うのか、というと、取次が送品した伝票日付に合わせて月末締め・翌月末払いとなり、代金は出版社に支払うのではなく取次に支払うことになります。取次から出版社への代金支払いはもっと複雑なので割愛しますが、書店の支払いのタイミングとはかなり違うようです。
ただ、すべての商品がこの締め支払い日かというとそうではなく、例えば夏の文庫フェアなどを注文すると、フェア商品が大量に入るのは6月末ごろ、商品を店頭に出すのは7月中旬ごろとなり、商品代金を支払うタイミングではまだ1冊も売れていないという可能性もあります。入荷冊数が多く支払額が大きいにも関わらず、代金回収前に支払いが先に来ることになるため書店側の負担が大きくなるような場合には、支払いを3か月先に延ばす、というような条件を出すこともあります。
また書店からの返品もあるため、送品した書籍の代金だけ請求するのではなく、送品と返品を相殺して毎月の請求額が確定します。さらに、商品は同じなのに条件によって掛け率が違う、というような場合もあります。支払い方法の違いや送返品との相殺などかなりややこしい精算が多いのですが、これを取次が行ってくれています。
これだけのことをしてくれる取次なのですが、そのぶん取引条件は厳しいです。書店の信用があるかどうかを調べ上げ、その書店と取引をするかどうか、するのであればどのような条件なのか、取引開始にかかる費用の算出も取次の裁量となります。
書店の信用という一番高いハードルを越えられないであろうことが予想される中、それでもどうすれば取引してもらえるかを考えなければならないため、いの一番に取次との交渉をと思い、いろいろな方法でコンタクトを取り始めました。
ただ、資金を準備できるのかどうかは必ず取次に聞かれるはずなので、同時に銀行への融資の申し込み準備も開始しました。私の本業の顧問税理士さんにも相談し、事業計画書の内容を練りながら、BOOK’N BOOTHの取引銀行に資金融資の相談に行きました。
物件決まってないと取引できないの?
ところが、取次・金融機関どちらからの返答も、まずは「物件」が決まらなければ話が進まない、という指摘を受けたのです。まだ取次が取引をしてくれるのかも金融機関がお金を貸してくれるかの問題も何一つ進んでいないのに、まずは物件を決めろとは。物件を決めてから本の仕入れ先がない、銀行の融資がおりない、となったとき私はどうすればいいのか。それからしばらく、不安で眠れない日が続きましたが、ある朝、もうとりあえず探すしかない、いい物件がなければ本屋と縁がなかったと考えよう、と決断しました。
物件を探す前に、まずは希望の条件を上げてみました。
① 坪数は20坪前後
② できれば戸建てや戸建てに近い建物で、2階を社労士の事務所として使用できること
③ 家賃は社労士事務所分を入れて25万円以内
④ 社労士側のスタッフも書店側のスタッフも大阪の南側に居住しているため、大阪市内であり、かつなるべく南方面で通勤等に便利なこと
⑤ 内装がそのまま、または最小限の改装で使用できる状態であること
⑥ 店舗内に小さな水屋でもいいので、キッチン機能があること
⑦ 周辺に人が多く住んでいること
この条件では厳しいだろうなあ、とわかっていました。わかっていましたが、やってみないとわからない、ということで、とりあえず物件探しを始めることにしました。
最初は、当時社労士事務所もあり、以前の居住区近くだったため土地勘のある上本町周辺、少し広げて天王寺区あたりの物件を探していきました。
このあたりは大阪でも人気のエリアなので、半分諦めながら周辺の不動産屋さんをまわりましたが、案の定というか、思っていた以上に希望物件はありませんでした。戸建てもないし、あったとしても10坪以下の古い古民家。希望条件の中で当てはまっているのは、人が多く住んでいる、ということくらいでしょうか……
正直、ここで本屋開業はいったん白紙に戻そうかと悩みました。個人的にこの周辺は好きな土地でしたのでできればこの辺にと思っていたこと、想像以上に物件がないことに加え、そもそも自分の理想の本屋ができない場合、それでも本屋をする必要があるのか、という根本的な問題に立ち戻ってしまったのです。私は、なぜ本屋をしたいのか。
本屋のない世界、これが今日本で実際に起こりつつあります。都市部や郊外の繁華街を除いて、本屋のある地域はどれくらい残っているのでしょうか。欲しい本があるとき、本を読もうかとふと思ったとき、ふらっと寄れる本屋がないことは、一見それほど不自由ではないように感じますが、その環境の変化を長い目で見たとき、自分に必要だった何かを得られないままそのときを過ごしてしまったことが、自分を形作るはずだった一部を構築しないままになってしまうのではないか、と思うのです。本に一生縁のない人もいるでしょう。ただ、一生縁がないと思っていた人が何かのきっかけで本に触れることも多くあると思います。そのきっかけが、町の本屋さんであること、手にした本のおかげでその人の何か一部でも豊かになることが、私の夢なのです。
私自身はとてもリアリストで、自分の見たものや聞いたものを信じるタイプ。そんな私がこれだけ小説を好きな理由はなんなのか。たぶん、ですが、自分以外の視点、をたくさん知りたい。自分の知らない世界、を覗いてみたい。裏返すと、自分の信念や思いを確認したいのだと思います。信念や思いは人生の都度都度、変化することもよくあります。それは、これまで自分が信じていたことが間違っている場合も、解釈を誤っていた場合も、はたまた全く無知だったため新しい知識を得たことで思考のバージョンがアップされた場合もあります。確認と変更、本を読むことで、それを繰り返すことが私の安心であり喜びなのだと思います。
そう考えたとき、よし、上本町周辺は諦めて、どこか縁のある土地に物件があるはずで、どれだけ時間がかかってもいい物件を見つけようと、物件探しを再開しました。
物件見つかったかも!
あちこちの不動産屋を訪ねたり、ネットで検索をしたりと6か月ほどたったある日、天王寺区にある不動産屋で耳よりの情報を手に入れました。
「路面にある不動産屋は基本的に住むための賃貸が強いので、目立たないところにある、例えばビルの上階にあるような近寄りがたい不動産屋のほうが店舗物件は強い」というのです!
おお、きっと不動産屋あるあるなんだろう、いい情報をもらった! と一瞬思ったのですが、私の当時の店舗物件が強い不動産屋さんのイメージは、「ややこしい店舗物件も多い世界にいる不動産猛者は、いかめしい姿で私のような素人を適当にあしらい、もしくは本気に取り合ってもらえず、最悪残り物の物件をふっかけられるのがおち」という、被害妄想的なものでした。
そんな恐怖心のせいでなかなか一歩を踏み出せずにいたある日、社労士事務所近くの庶民的なイタリアンレストランに月に一度のご褒美ランチを食べた後に少し歩いていると、なんとなく雰囲気の怪しいビルだなあ、入り口わかりづらいなあどこから入るんだろう、というような古いビルを見つけました。すると! まさにそこに以前聞いた情報を具現化したような不動産屋の看板を見つけました。なんとかビルの入り口をみつけ、その先にあったエレベーターに恐怖心に押しつぶされそうになりながらも気合を入れて昇ると、扉が開いた瞬間、もうお店。そして、その中にいたのは強面の社員ではなく、イケメン社員。物腰も柔らかそうだ。正直あまり得意なタイプではない。と思いながら引き返す勇気もなく、イケメン社員さんの前に着席。
恥ずかしながら、と言いながら、自分がなぜここに来たのか、希望物件はどんなものなのかを一通り話しました。「難しいですよね?」という私の問いに、「いやもしかするとあるかもしれませんから探してみますね」、という優しい言葉をかけてしばらくパソコン検索。その後いくつか提案された後、5つ目くらいでBOOK’N BOOTHを開業することになる阿倍野区の物件を提示してくれました。確かに、条件はクリアしていました。おお、本当にあるのか! 見つけたのか! と少し興奮。
ただ物件の住所を聞いても物件の位置や周辺の状況が全くピンとこなかったので、まずは現地に案内してもらうことにしました。
確かに、私の挙げた希望は全部揃っていました。が、希望に入れていなかった個所、立地が問題でした。一番大事な条件を入れ忘れたと慌てました。なぜならそこは完全な住宅街。土地勘もないので、住環境や人の動きがわからないのは仕方がないにしても、見学している時間に物件の前を通る人がいない。同じ筋にある住宅からも人が出てこない。
ただ、周辺を散策しグーグルマップを広げてみると、周囲に保育園・幼稚園を始め、小中高校など学校が多い。有名高校などもあり教育熱心な家庭も多いという情報もある。さらに昔から住んでおられそうな家と新しい大きなマンションが混在し、日中に家にいる女性や年配の方、小さな子どものいる家族も多そうなので、本屋ができたと知ってもらえればある程度のお客様がきてもらえるのではないか。小さいとはいえ河堀口(こぼれぐち)という近鉄の駅と美章園(びしょうえん)というJRの駅も近くにある。
とは言え悩みました。
これまで長く物件を探してきて、初めて希望条件を満たしたのはこの物件。これ以上よい物件は果たして見つかるのだろうか。それに天王寺駅から徒歩15分くらいにある住宅街なので、本が欲しい時は天王寺までいけば大型書店もある。そもそもこのあたりの土地勘がない。駅はあるけどお店が少なく、駅前に人が歩いていない…
ここに本屋を開いて、果たしてお客様は来てくれるのか…。
結局この日は返答保留にして、いったん引き上げることになりました。
