大阪市西区を走る「南北の筋」の中で、道幅が広い「なにわ筋」と「新なにわ筋」の間に、「あみだ池筋」という道がある。「へぇ、阿弥陀が行けと言ぃました」で有名な上方落語「阿弥陀池」のある和光寺(西区北堀江3丁目)が道沿いにあることからこの名が付いた。
あみだ池筋も幹線道路ではあるが、前述の2つの大通りほど広くない。通りを歩いていたら、「あっち側に書店があるやん。ちょっと寄ろか」という気にさせるぐらいの、「ほどよい狭さ」の道幅だ。その「あみだ池筋」の中央大通と本町通の間、地下鉄の阿波座駅の近くに[福島書店]はある。
昭和28年(1953)の創業。同じ年に生まれた現社長・福島浩一さんの父で先代の福島眞三さんは、開業以前はブリヂストンに勤務していた。独立して商売をするなら母方の実家(九条)に近い場所、ということで候補地を探し、西区新町3丁目に物件を見つけた。先代は最初、自転車屋をと考えていたそうだが、母の弘子さんが反対して断念し、書店となったという。
お店は日生病院(当時)の近くだった。福島書店が開店して3年後の昭和31年(1956)には病院が本館、別館に続いて新館も竣工して350床と規模を拡大し、翌年には総合病院の認可も受けた。入院生活では、有り余った時間をつぶすのに、本や雑誌は当時の欠かせない娯楽だった。ご近所の本屋さんは重宝する。当時は出版取次の大阪屋(現・楽天ブックスネットワーク)も同じ新町に本社があったので、商品の調達もしやすかった。
「日生病院は日本にここだけでね、入院している人はお金持ちが多くて、患者さんに贔屓にしてもらったよ。あの頃は百科事典や全集がブームやったし」(福島社長)
ところが昭和57年(1982)、日生病院は隣町の立売堀(いたちぼり)に移転してしまう(2018年には同じ西区の江之子島に移転し、「日本生命病院」と改称 ※以上は同病院のHPより)。跡地にはレナウン大阪支店の社屋が建ったが、それまでの2〜3年間はまるでゴーストタウンだったという。
「ええ感じで来ていたのに、いきなり病院が退いたから、1日の売上が週刊誌2冊というときもあったよ。なんか新しいことせな、ってなって、それやったら外商に力入れたろ、と」
福島書店のHPを見ると配達エリアは「西区、中央区、北区」と広範囲だ。
「人が行かんところまで営業に行くようになったんです。当時はコンプライアンスとかユルかったから上場企業だってなんぼでも入れたよ。でもその頃は同業者から『そんな採算の取れん配達に力入れるなんてアホちゃうか』と言われた」
北区の東の端にある造幣局にまで本を届けるし、閉店した本屋さんの営業先も引き受ける。高価な学術書や洋書も配達する。外商に力を入れた結果、「雑誌予約全国コンクール第1位」を何度も獲得し、セット商品を販売すると出版社からテレビが贈られた。「5台あったなテレビが。5台もあってどうすんねん、って感じやけど(笑)」
売上比率は外商9:店売1まで伸びた。
現在の場所には2009年頃に移転。地下鉄中央線と千日前線の「阿波座駅」から徒歩3分以内であみだ池筋沿いだったので、福島社長は以前から狙っていたそうだ。新しい試みとしては店内に金券ショップを置いた。「先代は反対だったけど、これもおもろいんちゃうか言うて入れたんです」。近くにも金券ショップが2軒あったが、ハイウェイカードが廃止されてからはすべて撤退したそうだ。
「ウチは書店の中で展開していたからよかったんです。新幹線の券もあるし意外とサラリーマンも来るようになった。“本屋なんか初めて入ったわ”という人も何人かいた。ついでに雑誌とか買ってくれるからありがたいよね」
チケット目当てのお客さんもそれだけでは帰らず、店内をぐるっと見て回るという。祝儀袋も置いている。図書カードの卸しや教科書の販売(西区・港区・大正区の小・中・高が対象)もしていて、外商が大きく落ち込んだコロナ禍でも確実な売上があるという。本自体の販売はどうなんだろう?
「最近は、児童書でも3,000〜4,000円の商品が普通に出るようになったんです。新町の頃は子どもの本いうたら500〜600円ぐらいやったのに、考えられへんでしょ」
書店の近くには、大阪の都心では貴重な緑地である靱(うつぼ)公園がある。周囲は「住みたい街人気ランキング」で常に上位に挙がり、タワーマンションが急増しているエリアだ。その結果、マンションの住民が客単価アップに貢献している。
福島社長はスヌーピーの『完全版 PEANUTS全集 全25巻』を指差しながら、「河出書房新社の人に“売れるから置いてくれ”言われて、“ほんまかいな”と思ったんやけど、全部買うてくれたお客さんが二人ぐらいおったよ。分からんもんやね」
タワーマンションの街にも「本好き」はやっぱりいる。夕暮れのあみだ池筋から入ってくるお客さんは、親子連れが多かった。本を買うだけでなく、「何かいいものないかな」と店内で時間をつぶしている。気軽に入って出られる街の書店は有り難い。
加えてコロナ禍の「巣ごもり生活」は、「こんな時こそいい本をじっくり読もう」という志向に拍車をかけているのかもしれない。
「隅っこにはなんか落ちてるもんやで。あかんあかんばっかり言うとらんと動かな、ね」と話す福島社長。そういえばこの人は20年ほど前、以前働いていた出版社の営業で訪れた際に、大阪が生んだハードボイルド小説の大御所、黒川博行さんを紹介してくれた人だった。思い出した。