地下鉄御堂筋線本町駅から中央大通に出て丼池(どぶいけ)筋を少し南に下った雑居ビルの1階に[toi books]の看板が出ている。少し登り口が窮屈な階段を2階にあがり奥を覗くと小さな本屋の扉が開いていた。
5坪の部屋には新刊と古書がだいたい7:3ぐらいで並ぶ。セレクト系のいわゆる非取次の独立系書店である。店主の磯上(いそがみ)竜也さんに挨拶もそこそこに先ず聞きたかったことを投げかけてみた。「心斎橋という場所は意識したんですか」と。
2011年から約7年間、閉店(2018年9月)の時まで書店[心斎橋アセンス]のスタッフとして勤めていた磯上さんにとって、心斎橋からもほど近い本町で本屋を開くことは自身にとってもお店にとっても「何か」を継承する意図があったのかを知りたかった。しかし磯上さんの口からは「特に意識したというわけではありません。そもそも、アセンスを退職した時には自分で本屋をするという考えすらなかったんです」と思いがけない答えが返ってきた。
書店の経営が簡単なものではないということは、書店に勤めている間に嫌というほど感じてきた。退職することとなったこの機会に、このまま書店業界に残るのか、それとも離れて別の道を探るのか。骨休めをかねて少し時間をとって考えようと思っていたという磯上さん。
そんな折に、大阪の老舗書店[天牛堺書店](2019年1月閉店)の倒産、同じく心斎橋エリアにあったBOOK&CAFÉの先駆けの[スタンダードブックストア心斎橋](2019年4月閉店、のちに天王寺区堀越町に2020年夏移転)の退店の話が伝わってきた。これほど立て続けに暗いニュースが続くのか、とただただ悲しい気持ちになったという。そしてこの状況で「何か自分に出来ることはないだろうか? 今自分が出来ることで一番面白がってもらえそうことは何だろうか」と考えたとき、自分で本屋を始めることに思い至ったそうだ。
神戸の新古書店[1003-センサン-]の奥村千織さん、同じく灘の[古本屋ワールドエンズ・ガーデン]の小沢悠介さん、大和郡山の[とほん]の砂川昌広さん、大阪の[LVDB BOOKS]の上林(かんばやし)翼さんらと知り合う機会があり、独立系書店の先輩たちに相談できる環境があったこと。たまたま「百書店大賞」に無店舗の個人として参加するために作っていた店名がすでにあったことも背中を押してくれたという。
磯上さんは「不安でいっぱいでしたよ、全然自信はないし。棚は作れても店舗運営の全てをやっていたわけではないですから。ただ個人書店の方たちやお世話になっていた作家の方たちに話を聞いてもらえたりしたことが大きな支えになりました」と少し照れくさそうに話す。2019年2月から準備を始め、幸いすぐに店舗物件を見つけることができた。「第一条件は無理のない、身の丈に合った物件でした。イベント開催も考えていたので、お客さんにとっての利便性の良い場所がいいなとも思っていたから、この物件は最適だと思いました」
約2ヶ月という短い準備期間を経て、2019年4月17日に[toi books]はオープンを迎える。開店前からSNSでも話題となり、開店後もメディアでの紹介などもあって想定していたよりも順調な滑り出しだったという。近くには堺筋本町に[紀伊國屋書店本町店]という大きなお店はあるが、その昔心斎橋筋本町から戎橋まで約1.4㎞の間にあった多くの書店はその姿を消している。書店空白地域のひとつでもあったのかもしれない。トークイベント等も積極的に開催しているうちに、少しずつ常連さんもついてきたという。取材当日も定期的にいらっしゃるという京都の写真家さんが来店中だった。
2020年1月に東京の二子玉川で開催された「本屋博」に出展した際には、関東圏以外からの参加が多くなかったこともあり注目を集めたそうだ。そうして少しずつ軌道に乗っていけるかもしれないと思った矢先、徐々にコロナ感染が広がりオープン1周年の準備中の4月7日には緊急事態宣言が発令される。「お店は宣言の少し前に自主的に臨時休業しました。まだ情報も多くはなく、お客さんの安全を確保できないかもしれないという中での苦渋の決断でしたね」
オープン2年目はオンラインショップの立ち上げやイベントもオンラインへ移行したりなど試行錯誤の連続だった。1回目の緊急事態宣が明けてからもコロナの感染状況に相関するように来店客数や売上も増減を繰り返し、見通しの立たない状況が続いているようで、「実店舗」を持つことの重みを2年目のコロナ禍でも日々感じているそうだ。
「正直、今はジリ貧です。けれど萎縮していても仕方がないので、オンラインショップの整備やオンラインイベントの継続はもちろん、出来ることは何でも試してみたい」と一瞬顔を曇らせながらも強い言葉が飛び出してきた。「今は100冊仕入というものをやっています。小さい店ではあまりたくさんの書籍をおくことは出来ない、だからこそ明確に『推し』の本を見せることで、伝わるものがあると思っています。他に著者さんに依頼して[toi books]限定の購入特典を作ったりもしています。イベント開催もそうですが、多角的にその本を手に取るきっかけ作りをしていきたいです」と。そのひとつである『ぬいぐるみとしゃべるひとはやさしい』大前粟生・著(河出書房新社)は累計200冊以上の実売があがっているとのこと、恐れ入る。
最後に屋号の由来を聞いてみた。「toi=問い、なんです。本というものは読む人に答えだけでなく、良い問いを与えてくれるものではないかなと思っています。手に取る人にとって新しい[問い]を見つけるきっかけとなる本を丁寧に届けられる店でありたい。そんな想いがあってつけた屋号です」。それは磯上さんがアセンスで棚を作っているときから自身の中にあった問いでもある「おもしろがってもらえる本屋さん」への答えのようだ。