「お好み焼きとうどんと鮨(たまに洋食も)は近所のがいちばんうまい」などとキーボードを叩いてしまったのは、NHK出版新書の『「うまいもん屋」からの大阪論』のあとがきだった。
[甚六]さんに行くのはもう2年ぶりくらいになる。
大阪のキタやミナミは近所だと思う。実際この店へはオフィスから歩いて2分の北新地駅からひと駅・大阪天満宮駅で降りて、そこから天神橋筋商店街へ入って南へ、天満宮への入口を越え、ちょうどアーケードが終わるところにある。
電車のタイミングが合えば、30分はかからない。
梅田や堂島や中之島ではない、ものすごくキタな街がそこにある。
よそからの人に「お好み焼きを食べたい」と言われて困るのは、難波心斎橋や梅田の店を知らんこともあるのだが、生まれ育った岸和田の地元160世帯の町内にお好み焼き屋が4軒あり、そこのバターとケチャップまみれの焼きそばや、ヒネのかしわとミンチ状の牛脂を具にした「かしみん」で育ち、今は神戸元町山手の家の近所の「すじコン」に親しんだ身体になっているからだ。
それぞれの街のお好み焼きは、そのまちのかけがえのない街の味や匂いや温度そのものである。
そう考えてちょっと縮尺を大きくとって、大阪キタでいちばん大阪らしいお好み焼き屋が[甚六]さんである。
生野の[オモニ]もまことに大阪らしいお好み焼きおよびお好み焼き屋であり、グランフロント大阪にも店を出して、行くと客が並んでいて入れないこともあるほどだが、やはりお好み焼きは「その場所」がいちばんだ。
お好み焼きおよびお好み焼き屋は、移動させることは出来ないのかも知れない。
最もテーマパーク的でない「うまいもん屋」のジャンルだ。
「大阪でお好み焼きを」と言われて、よその街の人などをお連れする場合、[甚六]さんがいちばんだと思う。唯一「予約」ということをするお好み焼き屋さんである。
そういう場合はひと通り食べる。
トップバッターはゲソ焼きである。そしてほうれん草 とかその時の気分やコンディションで行って、絶対ピーマンの肉詰めをたのむ。ここまで進むとすでに酒になっている。ビールはチェイサー代わり。
そしてお好み焼きになるのだが、ここのお好み焼きはベースにダシを使っている。おまけにぶ厚いまぜ焼きだ、だから蓋をかぶせて中まで火を通す。
遠くからのお客だし、せっかくだからと、豪華最高バージョンを「いっとく」場合がある。店名を冠した「甚六焼き」である。
ぶ厚いお好み焼きの生地に表面のみを焼いたホタテの貝柱、皿に海老を重ね、その表面に溶き卵を流し込む。さらにその上に牛肉を広げ、少し厚めの豚バラを覆うようにのせ、最後にまた溶き卵をかける。
蓋をしてじっと辛抱するように中まで火を通し、こんがり焼けた豚肉に辛子を塗り、ケチャップ、ソース、マヨネーズを塗り重ね、バターを置く。
なんぼなんでもトゥーマッチ、やり過ぎとちゃうんかと思うが、驚くほど具材が調和してうまい。
81年開店当初から2,300円。「30年前からしたらえらい高かったと思いますわ」とご主人。元アイスホッケー選手にして指導者という、キタのモダンボーイ。
甚六
大阪市北区天神橋1-13-11
06-6353-4816