2021年3月26日・本渡章より、これをお読みのみなさまへ。
【今回の目次】
■古地図サロン第23回のレポートと次回予定
●2021年春〜初夏の古地図活動(講座・イベント・出版など)
★古地図ギャラリー第4回
①東畑建築事務所「清林文庫」コレクション〈その4〉
②本渡章所蔵地図より〈その3〉
③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図〈その4〉
④鳥観図の今・青山大介の鳥観図〈その1〉
■古地図サロンのレポート
開催日:3/26(金)午後3~4時30分 大阪ガスビル1階カフェ「feufeu」にて
緊急事態宣言が終わり、「島民」最終号で紹介記事が載ったおかげで、この日のサロンは盛況となりました(3月末からは感染者増大。事態は急変)。今回のテーマは「鉄道&電車地図」。日本の近代化を牽引した鉄道と電車が主役の地図を展示しました。
来場者の注目を最も集めたのが大正10年(1921)に鉄道省が刊行した『鉄道旅行案内』です。富士山を描いた箱入り本の中身は、日本初の本格的な鉄道旅行ガイドブック。明治以来、猛烈な勢いで鉄道網が全国に敷かれ、旅行が一気に身近な楽しみになった時代をとらえて刊行。鉄道利用に必要な情報満載の本文を100点以上の鉄道地図と沿線の名所絵が色鮮やかに彩り、楽しくご覧いただきました。
その他では、大阪市電全盛期の電車案内地図に見入る方が多く、温泉名所や酒造家一覧を併記した鉄道地図も興味を集めていました。『鉄道旅行案内』の地図と名所絵を描いた大正の広重・吉田初三郎ついては、5月のサロン「鳥観図特集」でも作品を公開します。というわけで、コロナの動向が気になりますが、皆さまとまたサロンでお会いできるのを楽しみにしております。
◉今回のサロンで展示した古地図
《原図》
「鉄道旅行案内」地図と絵・吉田初三郎 大正10年(1921)
「実用新案日本鉄道パノラマ地図」大正12年(1923)
「全国鉄道地図 付名勝交通案内」大阪毎日新聞社編 昭和初期
「改正鉄道地図 付近畿著名醸造家案内」昭和初期
「新京阪電車沿線御案内」昭和3年(1928)
「最新大坂電車地図」昭和10年(1935)
「最新大日本鉄道地図」大阪毎日新聞付録 昭和11年(1936)
「最新版鉄道案内図 付温泉名所詳図」昭和27年(1952)
「日本国有鉄道線路図」日本国有鉄道編纂・毎日新聞社発行 昭和28年(1953)
《復刻》
「東京名家名物入電車案内双六」明治43年(1910)
◉次回は2021/5/28(金)15:00~17:00の予定
会場は大阪ガスビル1階カフェにて開催。私の30分トークは16:00時頃からです。サロン参加は無料(ただしカフェで1オーダーが必要)。途中参加・退出OK。必ずマスク着用のこと。新型コロナウィルスの状況によって中止になる場合は、この場で事前にお知らせいたします。
★2021年は奇数月の第4金曜日午後3~5時に開催していく予定ですが、
7月はオリンピックで祝日となる予定のため第3金曜(7/16)に変更します。
■2021年春〜初夏の古地図活動
●水都大阪川開き オープニングステージにゲスト出演
3月27日(土)天満橋の八軒家浜・特設ステージで開催された「水都大阪川開き」イベントのオープニングに、書道家の真澪さんと出演。私は御舟印ラリーにまつわるトーク、真澪さんは水都繁栄・交通安全祈願の書道パフォーマンス。御舟印ラリーの企画、御舟印帳(写真)の立案(古地図・浮世絵・揮毫)に関わったご縁にて。
●朝日カルチャーセンター中之島での講座
①「大阪古地図むかし案内」街歩きと座学は4月26日(月)と5月10日(月)。各日とも時間帯は午前10時~12時。テーマは東住吉の旧街道と名所。
②新刊「古地図でたどる大阪24区の履歴書」出版記念講座は5月19日(水)午後1時~2時30分。
・問い合わせ/06-6222-5222または朝日カルチャーセンター中之島で検索
●大阪府立中之島図書館でナカノシマ大学
5/22(土)午前10時~11時30分。中之島図書館・多目的ホール(3階)にて「清林文庫の世界と古地図トピックス」をテーマに講座開催。清林文庫(古地図ギャラリー参照)の古地図コレクションが主なテーマ。他に昭和の伊能忠敬と呼ばれた鳥観図絵師・井沢元晴の作品、天保年間の古地球儀の紹介と展示も。なお、講座開催日の前後に、清林文庫コレクションの特別展示も中之島図書館・展示室で催される予定です。
・詳細はhttps://nakanoshima-daigaku.net/site/seminar/article/p20210522
●新刊『古地図でたどる大阪24区の履歴書』発売
新刊『古地図でたどる大阪24区の履歴書』が4月27日に発売されます。ナカノシマ大学の連続講座「大阪24区物語」をもとに大幅に加筆し、区の変遷から見た大阪の近現代を見渡した内容です。地図・現地写真も多数掲載。区に刻まれた足元の歴史を知らずに、大阪の未来はもう語れません。
・詳細はhttps://140b.jp/blog3/2021/04/p3483/
|古地図ギャラリー|
1.「大阪湾築港計画実測図」
(東畑建築事務所「清林文庫」より・その4)
東畑建築事務所(大阪市中央区)の稀覯本コレクション「清林文庫」から、古地図の逸品をご紹介するシリーズも4回目になりました。これまで16~19世紀の国内外の地図をとりあげてきましたが、今回は比較的新しい近代大阪の息吹を感じさせる図を一つ。
明治29年(1896)発行の「大阪湾築港計画実測図」です。大阪湾築港とは現在の大阪港のこと。それまでの自然地形を流用した安治川・木津川上流の川口の港の時代を終わらせ、人の手でつくった近代港の時代に突き進む意思がうかがえる呼び名です。完成は明治36年(1903)とされますが、これは大阪で同年に開催された第5回内国勧業博覧会にあわせて大桟橋竣工を港の完成としたもので、本格的な港湾の構築にはその後もまだ多くの年月が費やされます。工事は、築いた護岸にヒビが入るなど難航し、当初の予算も想定外にふくらんで、一時は築港計画断念も危惧されるほどでした。大阪港はまさに明治の日本が力を注いだ国家的大事業だったのです。
大阪躍進の原動力になった近代港誕生への道は決して平坦ではなかったのですが、当時の人々が新しい港に寄せる期待の大きさが困難を乗り越える力になりました。「大阪湾築港計画実測図」の湾岸一帯には江戸時代に開発された新田の地名が並んでいます。その上をなぞるように海に向かって大きく伸びた突堤の赤いライン、右上に掲げられた築港計画の数字の華々しい列に、時代の大転換期の熱気を感じます。
☆東畑建築事務所「清林文庫」
創設者東畑謙三が蒐集した世界の芸術・文化に関する稀覯本、約15000冊を所蔵。建築・美術工芸・絵画・彫刻・考古学・地誌など分野は幅広く、世界有数の稀覯本コレクションとして知られる。古地図に関しても国内外の書籍、原図など多数を収め、価値はきわめて高い。
2.「大阪港之図」(本渡章所蔵地図より)
「大阪港之図」は、大阪市役所港湾部が昭和6年(1931)発行した「大阪港案内」裏面の図。表面に記載の沿革によると、当時の大阪港は横浜港・神戸港とともに日本三大貿易港に数えられる隆盛を誇り、さらなる発展を期して第2次修築工事にとりかかっていました。
前掲の「大阪湾築港計画実測図」から35年後の大阪湾岸は、港区を中心に此花区・大正区の3区にまたがる巨大な港湾が建設され、見違えるばかりの大変貌を遂げていました。黄色く彩られたエリアをご覧ください。防波堤や突堤だけでなく内陸に深く入り込んだ運河や繋船岸、荷揚げした物資を収める倉庫群など広域を埋め尽くした多様な施設が、近代港の躍動を物語っています。
黄色のエリアは「大阪湾築港計画実測図」の築港計画エリアと重なっています。35年前のそこは見渡す限りの新田地帯でした。市立運動場の近くと天保山に「遊園地」と記されているのも見えます。図中に「パラダイス」と記されたレジャーセンター・市岡パラダイスとともに遊園地が湾岸の名物になりました。
その後、大阪港は室戸台風、戦中の空襲で大きな被害を受けますが、復興を遂げ、現在に至ります。今も海遊館やクルーズ船で賑わう大阪港ですが、「大阪港之図」と「大阪湾築港計画実測図」を並べると、江戸時代の開発ラッシュで拓かれた新田地帯から築港計画、第2次修築に至る海辺のフロンティアの足跡が見えてきます。大阪港は現在も変貌を続けています。
3.「福山展望図」
(鳥観図絵師・井沢元晴の作品より・その4)
昭和の伊能忠敬と呼ばれた鳥観図絵師・井沢元晴の作品シリーズ第4回は、初期作品をとりあげます。「福山展望図」は昭和28年(1953)作成。福山市(広島県)はかつての10万石の城下町。領主の水野勝成は将軍徳川家光の従兄弟で、福山城には伏見城の御殿、櫓、筋鉄門が下賜されました。その後の福山は領主の交代を経て、明治維新まで西国の要衝として存在感を示します。
福山展望図の中心は、やはり福山城で、伏見櫓と記されているのは伏見城の遺構の櫓。戦災後も残った街の歴史のシンボルです。図の刊行から11年後の昭和39年(1964)に福山城は史跡に指定されました。過去3回紹介してきた井沢元晴の作品を際立たせたダイナミックな山河の描写はまだ見られませんが、市街と陰影のある山並みをとりもつように流れる川の穏やかな構図は、平和をとりもどした戦後まもなくの空気の反映のようにも思えます。
城の周囲に多く記された数字は、地図の下覧に並ぶ市内の企業・商店の位置を示したもの。地図の裏面にも企業・商店の広告がずらりと載っています。この地図は、焼け跡から立ち直った地元の人々によって企画されたものでしょう。小学校に納める郷土絵図ではじまった井沢元晴の画業は、こうして活動の場を広げていきました。
現代の目には、レトロな広告付きマップの印象が先立つかもしれませんが、当時の人々は図の風景に街を元気づける応援メッセージを読みとったでしょう。山間を行く鉄道列車、海辺で煙をはく汽船。のどかな展望のなかに、復興期を駆け抜け、ひと息ついて、また第2のスタートを切ろうとしていた日本の姿が垣間見えます。
☆鳥観図絵師・井沢元晴
井沢元晴は戦後から昭和末までの約40年間に、日本各地を訪ねて多くの鳥観図を描き、昭和の伊能忠敬とメディアで紹介されました。活動の前半期にあたる戦後の20年間は「郷土絵図」と呼ばれた鳥観図を作成。その多くは、子供たちに郷土の美しさを知ってもらいたいとの願いをこめて各地の学校に納められ、校舎に飾られました。学校のエリアは主に西日本です。「郷土絵図」の活動は60年代半ばまで継続し、新聞各紙にとりあげられました。
井沢元晴氏のご遺族は今、「郷土絵図」にまつわる思い出や絵の消息に関する情報をお持ちの方を探しておられます。当時の生徒さん、学校関係者など、このブログをご覧になって、少しでも心あたりがあるという方が、もしおられましたら、次のアドレスにメールをお送りいただければ幸甚です。小さな情報でもかまいません。よろしくお願いいたします。
足立恵美子(井沢元晴長女)emikobook@yahoo.co.jp
4.「梅田鳥瞰図」
(鳥観図絵師・青山大介の作品より・その1)
青山大介さんは戦後生まれの現役の鳥観図絵師。大阪万博やニューヨークの鳥観図で知られる石原正(故人)を師と仰ぎ、その作風を受け継いで、神戸を拠点に各地の鳥観図を描き続けています。筆者の著書『鳥観図!』(140B刊)に登場していただいた後も交流があり、さん付けでご紹介いたします。
今回ご紹介するのは「梅田鳥観図2013」(部分図)。古地図と呼ぶには年代が新しいですが、鳥観図の魅力を多角的に味わっていただきたく、とりあげました。ご覧のとおり、梅田のビル群が空からまる見えです。屋上の顔にひとつとして同じものがないのがわかります。大阪駅の大屋根がどんな形をしているか、見た人は少ないと思いますが、こんな形でした。屋上にヘリポートのあるビルが意外とたくさんあるのにも気づきます。
青山さんはヘリコプターで撮った1,000枚以上の航空写真をもとに、この図を描きました。制作にパソコンは使いますが、基本的な道具はロトリングペン、シャープペンシル、定規の3つ。精緻な描写は丹念な手わざなしには生まれません。青山さんの話によると、現役の鳥観図絵師は日本に数人しかおらず、作風もそれぞれ独自で似ていないそうです。似てはいないかもしれないけれど、手わざにこめた作者の熱という一点でつながっているのだろうと想像します。
神戸市の防災マップに指定された「港町神戸鳥観図2014」などで知られる青山さんですが、現在は姫路の鳥観図作成に取り組み中。完成が待たれます。
★過去の古地図ギャラリー公開作品
第3回(2021年1月)
①東畑建築事務所・清林文庫より「江戸切絵図(尾張屋版)」「摂津国坐官幣大社住吉神社之図」
②本渡章所蔵地図より「摂州箕面山瀧安寺全図」
③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「小豆島観光絵図」
第2回(2020年11月)
①東畑建築事務所・清林文庫より「メルカトル世界地図帳」「オルテリウス世界地図帳」
②本渡章所蔵地図より「A NEW ATLAS帝国新地図」「NEW SCHOOL ATLAS普通教育世界地図」
③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「大阪府全図(三部作)」
第1回(2020年9月)
①東畑建築事務所・清林文庫より「ブレッテ 1734年のパリ鳥観図」
②昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「ふたつの飛鳥と京阪奈」