担当/中島 淳
作家の蓮見恭子さんは堺の旧市街の人で、子どもの頃から仁徳天皇陵古墳などが馴染みだったという。

2/20(木)ナカノシマ大学でも販売。税込924円

蓮見恭子『はにわラソン』(双葉文庫)より
その蓮見さんから「古墳のまちを舞台にしたマラソンを題材に小説を書きました」と聞いて、最初は「二つの世界遺産(百舌鳥と古市)を結ぶコースにしたんやろなきっと」と勝手に思っていた。
ところが、最新作『はにわラソン』(双葉文庫)を開けると、いきなりこの地図が出てくる。名前こそ変えているが、どう見ても
「土師市って……羽曳野市やん!?」「隣町の白鳥市って……藤井寺市やん!?」
である。百舌鳥古墳群は登場しない。小学校の終わりから高校までを堺で過ごした筆者もこれには驚いたが、よくよく考えると「そらそやろな」となった。
というのは、筆者も『ザ・古墳群〜百舌鳥と古市 全89基』というガイドブックの編集で「古市古墳群」に何度となく通ったことで「古墳めぐり」の面白さを知ったし、古市を知らなかったら「本を出したらそれでおしまい」になっていたかもしれない。
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ナカノシマ大学のタイトル写真と同じ、応神天皇陵古墳の西側、外濠外堤(がいごうがいてい)の景色。秋にはコスモス畑と正面の金剛山(右)・大和葛城山を見ながらのハイキングである
百舌鳥古墳群(堺市堺区・北区・西区)は、確かに大阪市内からとても便利な場所にある。なんばから南海高野線、天王寺からJR阪和線、梅田や新大阪から地下鉄御堂筋線と、3本のルートがある。
それに対して、古市古墳群は大阪阿部野橋(地下鉄天王寺駅直結です)から出る近鉄南大阪線一択。20分は余計にかかる。
けれど断言するが、ここを歩いてみたらあなたの古墳に対する認識はきっと変わると思う。
空が広くて山が近い。カントリーロードを歩きながら古墳をめぐる気持ちの良さは「知らんかったわ〜」の世界だ。百舌鳥古墳群は、政令指定都市の中心部にあるために、「都市型住宅地に囲まれている」感がある。
「墳丘に登れる古墳」も百舌鳥に比べて圧倒的に多いし、ユニークな古墳にも多数会えるし、主要な古墳の近くには「葛井寺(ふじいでら)」「道明寺」「道明寺天満宮」「誉田(こんだ)八幡宮」……と国宝のある寺社が控えていて、そういった重層的な文化集積度も古市に軍配が上がる。

近鉄土師ノ里駅から鍋塚古墳〜仲姫命(なかつひめのみこと)陵古墳を通って15分ほど歩いたらこの景色に出会える。2月には墳丘に梅が見られます
6年前、「世界遺産に登録されたから行ってみよか」と一番大きな仁徳天皇陵古墳の拝所に行って、「中に入られへんのかいな……」と落胆して帰った人は、そのリベンジに古市に足を延ばしてほしい。ダマされたと思って。
例えば、藤井寺市の南、羽曳野市との市境近くにある「古室山古墳」は冬の夕方になるとこんな景色になる。
宮内庁が古墳を囲むように設置している無粋な柵もここにはない。
原っぱを歩いて墳丘に取り付くと、好きな斜面から登るだけ。冬から早春にかけては樹木の葉が抜け落ちて墳丘のラインがよく見えるので、実は一番推しの季節だ。
こんな土地を舞台にして公式フルマラソン大会をやるという小説『はにわラソン』の文中にも古墳がいろいろ出てくる。古墳好きなら「あそこのことや♬」とすぐに分かるはずだが、それは読んでのお楽しみということで。
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「河内ワイン」の金銅農園によるシャルドネ畑
『はにわラソン』に登場するのは「土師市(羽曳野市)と白鳥市(藤井寺市)にまたがる古墳群」だけではない。
その東側、石川を渡った山裾エリア(羽曳野市駒ヶ谷)のこともしっかり取材している。
羽曳野市はブドウの生産が盛んで、出荷量も栽培面積も大阪府下でトップ。デラウエアの生産はなんと全国3位だ。
そういう土地柄ゆえにワインも「地場産業」として定着していて、デラウエアやシャルドネのワインが市内で普通に売っている。

デラウエアは5〜8月の出荷。農産物の売店で買える
駒ヶ谷の[河内ワイン館]では地場のワインがあれこれ買えるだけでなく、予約制でワイナリーの見学(7人〜)も受け付けているし、館内の「金食堂」は7人からの貸切オンリーだが、食事とワインの両方をここでゆっくり楽しめてお薦めです 。http://www.kawachi-wine.co.jp/index.html
美味いもん好きワイン好きの蓮見恭子さんは、「土師市」のワイナリーとオーナーも物語の重要な人物として登場させている。
彼女はここ10年、マラソンや駅伝の小説をよく書いているが、蓮見作品の主人公は競馬の女性騎手や女性国際犯罪捜査官、古道具屋に嫁いだ女性、たこ焼き屋のおばちゃんまで、その幅も広すぎるぐらい広い。
『はにわラソン』は、羽曳野市のような地場を舞台にして名産のええネタまでふんだんに盛り込んでいる上に、マラソンコースの設定や大会までの運営プロセスの緻密さが凄まじくリアリティがあって、最後まで面白く読ませてくれるのだ。
主人公は、蓮見小説では珍しく男性。ちょっとイケメンのようであるが、とにかく巻き込まれやすいキャラである。
東京・小金井にある大学生の時には箱根駅伝のメンバーになれず、クラブの「主務」となってチームを支えた。卒業後は地元にUターンして「土師市」の職員となり、市長の無茶ぶりで「マラソン大会プロジェクトリーダー」となって実現のために奮闘する。
……という物語と、「古市古墳群」「羽曳野市の名産」をどうやって結びつけたのであろうか?

蓮見恭子さんの登壇は、『たこ焼きの岸本』の大阪ほんま本大賞受賞にちなんだ2021年11月講座以来、3年3か月ぶり
そのあたりは2月20日(木)のナカノシマ大学でじっくりお聞きしたいものである。申し込みはこちらへぜひ♬