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思わぬ本に登場する「小林カツ代」の足あと(その2『古本食堂』)

担当/中島 淳

最初にお断りしておくが(すんません)、ベストセラーとなった『三千円の使いかた』はもとより、原田ひ香の本を一度も読んだことがなかった。

原田ひ香『古本食堂』(2023年・ハルキ文庫・税込814円)

そういう意味でこの本は自分にとって「初モノ・原田ひ香小説」であり、「初モノ・小説のお題になった小林カツ代(他にもあるかもしれない)」でもある。

小林カツ代の著書が小説の中に取り上げられていると聞いて読んでみたが、それを抜きにしてもこの物語は面白かったし、原田ひ香という作家のストーリーテラーぶりがいかんなく発揮されている。あらすじ(文庫カバーから引用)はこんな感じだ。

鷹島珊瑚(たかしま・さんご)は両親を看取り、帯広でのんびり暮らしていた。そんな折、東京の神田神保町で小さな古書店を営んでいた兄の滋郎(じろう)が急逝。珊瑚がそのお店とビルを相続することになり、単身上京した。一方、珊瑚の親戚で国文科の大学院生・美希喜(みきき)は、生前滋郎の元に通っていたことから、素人の珊瑚の手伝いをすることに……。

カレー、中華など神保町の美味しい食と思いやり溢れる人々、奥深い本の魅力が一杯詰まった幸福な物語(後略)

 

この小説は神保町「すずらん通りから一本入ったところ」にある[鷹島古書店]を舞台に、6つの話で構成されている。

結構な年齢になってから北海道を出て上京し、「新米古書店店主」となった珊瑚と、滋郎がやっていたこの店が好きで、大叔母の珊瑚を盛り立てて店を存続させたい美希喜……ダブルヒロインのほほ笑ましい奮闘記として楽しく読めるが、サービス精神旺盛な原田ひ香がそれで済ませる訳がない。

物語の重要な小道具(わき役)として神保町界隈の「美味しいもの」と、「読みたくなる本」が登場人物の口から語られる。目次はこのような感じである。

第一話 小林カツ代『お弁当づくり ハッと驚く秘訣集』/三百年前のお寿司

第二話 本多勝一『極限の民族』/日本一のビーフカレー

第三話 橋口譲二『十七歳の地図』/揚げたてピロシキ

第四話 『お伽草子』/あつあつカレーパン

第五話 鹿島茂『馬車が買いたい!』/池波正太郎が愛した焼きそば

最終話 丸谷才一『輝く日の宮』/文豪たちが愛したビール

 

書いていたらひたすら腹が減ってきた。読めばもっと腹が鳴ってしまう小説だ。

第一話に登場する小林カツ代の著書は、料理レシピ本の中では異色な存在だということが物語の中で明らかにされる。

身なりもおしゃれで感じがよく、いかにもゆとりある専業主婦が珊瑚と美希喜のいる[鷹島古書店]にやって来て悩みを打ち明ける。「それなりに生活は裕福だけどお弁当作りに疲れた若い母親」という設定だ。

「子供が幼稚園に上がって、お弁当を作ることになったんですけど、前の日からお弁当の本に出てる材料を用意して、朝五時半に起きて、本の通りに作って……もうそれだけでくたくたになってしまう。材料はたくさん残るし、朝ご飯なんてもう作れなくて、夫と子供には牛乳とパンだけ食べさせて」

 彼女の目がうるんでいる。主婦にとっては死活問題なのかもしれない。

「もう、家にはお弁当の本が何十冊もずらっと並んでいるんです。夫に『これ、本屋開けるんじゃないか』ってからかわれるくらいで。もしかしたら、今、書店に並んでいるお弁当の本で幼児向けのやつ、ほとんど全部買ったかもしれません。本だけで何万も使ったと思います。それでも、できないものだから……こういう古本屋ならまだ知らない本があるんじゃないかと思って(後略)」

 

切実な主婦の叫びに対して、珊瑚が棚から出してきたのは1冊の文庫本だった。以下、珊瑚と主婦とのやりとり。

この本の初版は主婦と生活社から刊行された。こちらの文庫版は2022年発売(ハルキ文庫・税込924円)

「小林カツ代さん、知ってる?」

「あ、お名前だけは。ケンタロウさんのお母さんですよね」

「そう。もう亡くなられたけどね……この本の特徴はね、写真がないの」

「写真がない?」

 本を手渡された彼女はぱらぱらとめくる。確かに、ない。全部、文章だ。少しのイラストの他は細かい字で書いてある。(中略)

「かぼちゃのスピード煮とか、とり肉とかぼちゃの煮物とか、簡単にできて味がよくしみる、お弁当に入れるのにぴったりな煮物の作り方がたくさんでてるのよ。しかも、一つ覚えれば、それをジャガイモとか里芋とかで同じようにできるやり方なんかも書いてあるからアレンジできるはず」

 

「美しくて色とりどりで楽しそうなビジュアルのお弁当」の呪縛に振り回されていた主婦は、目からウロコが落ちたようにこの本を手に取るのだが、こっから先は『古本食堂』を読んでのお楽しみである。

 それでつい、この『ハッと驚くお弁当づくり』も買ってしまった。

初版は昭和59年(1984)。当時のタイトルが『お弁当づくり ハッと驚く秘訣集』だった。お弁当作りの「スタンダード」と言える傑作だったので、年数が経つとタイトル名も変えて新版が刊行され、38年後には別の版元から文庫版が出た。それでもこの物語の中で珊瑚が語っている「写真がない」「アレンジは自在」という本質は変わらない。

「もしかしたら、今回登壇される本田明子さんは、初版にもこの文庫版にもかかわっていたのでは?」

と思ったら「案の定」どころか、「お弁当」が小林カツ代と本田明子をつなぐ最重要アイテム、ということを、本田明子さんがこの文庫に寄稿した巻頭文から知る。それをこの後に書くのは字数が足りないので、次回のブログでご紹介させていただきます。

たまたま停まっていただけですが、ベンツやジャガーではなくトヨタセンチュリーっちゅうのが似合う建物

ナカノシマ大学はいよいよ今週金曜日(26日)となりました。場所は登録有形文化財の大阪倶楽部(1924年竣工)。地下鉄淀屋橋駅の10号出口(ちょうど真ん中らへん)を出てから5分もかからず行けます。

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