第8回 公共建築 ①

1世紀以上現役の「みんなの建築」

文/高岡伸一
絵/綱本武雄

 「大阪名所図解」もいよいよ最終回。今回は規模の大きな建築が並ぶので、細密に描かれた綱本画伯のイラストをじっくり堪能頂くためにも、また名残を惜しむ意味でも、建物をひとつひとつアップしていきたい。 「公共建築」というタイトルに、それほど大した意味はない。これまでも大阪府立の文化施設駅・空港など、公共の施設は何度も取り上げてきたわけだし。今回は最終回ということで、これまで取り上げる機会のなかった、大阪名所として外すわけにはいかない名建築、「みんなの建築」を紹介していく、そんな感じで進めたい。

 大阪自慢の「みんなの建築」として、まず思い浮かぶのが大阪府立中之島図書館。中之島という恰好のロケーションに建つ、100年以上前に立てられた現役の公立図書館。数え切れない大阪人がここを訪れてきた。私も大阪関連の調べものでよく利用するし、浪人時代には自習室を使った受験勉強で大変お世話になった。まさに大阪を代表する公共建築。

 とりわけ中之島図書館を「みんなの建築」と強く感じさせるのは、この施設が寄付によって建てられたという逸話。大阪屈指の財閥であった住友家の第15代当主住友吉左衛門友純(ともいと)が、大阪のような大都市に立派な公立図書館がないのはおかしいと、建築物と図書の購入費の寄付を申し出た。友純は欧米諸国を外遊した際、アメリカの富豪がシカゴの美術館に多額の寄付をした話に感銘し、自分も社会的使命のひとつとして、公共の施設を建てたいと思い立ったのだという。

 日本に寄付文化は根付かないとよく言われるが、必ずしもそうではない。次回に紹介予定の中央公会堂は株の仲買人として活躍した岩本栄之助の寄付で建てられた。大大阪時代を代表する近代建築・綿業会館も、東洋紡の岡常夫の遺言によって寄付された財産が元手になっているし、武家屋敷のような木造園舎で知られる愛珠幼稚園は、現在は大阪市立であるが、元々は船場の町衆が自分の街の子どもは自分たちで育てようと、資金を出し合って建てたものだった。実は中之島図書館とこれら4つの建築は、いずれも重要文化財に指定されている。大阪の都心部・中之島と船場にある、近代以降に建てられた5件の重要文化財のうち、4件が寄付で建てられたものだ。別に意図して選んだわけではないだろうが、実に民都・大阪らしいセレクトといえるだろう。

 さて、話を中之島図書館に戻そう。現在中之島図書館については、今後のありようが議論されている。重要文化財に指定された優れた建築であることは前提としながら、それならもっと集客の見込める用途に使ってはどうかと、府市統合の議論に関連して話題となった。確かに、現在の状況は図書館としては手狭で、建築の魅力を必ずしも活かした使い方になっているとは言い難い。橋下大阪市長が美術館にしてはどうかと発言し、twitterなどで多くの意見が飛び交ったが、そのあたりは大いに議論すれば良いと思う。「みんなの建築」なのだから、みんなで決めればいい。ただ中之島図書館には、大阪という都市のプライドを象徴する施設であってほしいと思う。中之島図書館は1世紀を超えて大阪人に使い続けられてきた。目先のことだけを考えることなく、現代に生きる私たちは、1世紀後の大阪に、この素晴らしい建築を届けなければならない。「みんなの建築」の「みんな」には、現在の私たちだけではなく、過去の大阪人、そして未来の大阪人も含まれているのだ。