第4回 橋

浪華八百八橋のかたち

文/高岡伸一
絵/綱本武雄

 

 このところ、LED照明のライトアップがにわかに注目を集める大阪の橋。「水都大阪」再生のシンボル的な存在を「大阪名所図解」で紹介しない訳にはいかない。

 江戸の八百八町に対して大阪は八百八橋と呼ばれるように、縦横に堀川を張り巡らせた江戸時代から、大阪は橋の都だった。戦後ほとんどの堀川は埋められてしまったが、現在も大阪市内には約800の橋が架かる。

 古くは日本書紀に記述が見られる大阪の橋は、都市交通のインフラとして、常に重要な役割を果たしてきた。各時代の橋梁技術や水害・戦災、交通の近代化などに応じて、橋は繰り返し架け替えられてその姿形を変えてきたが、多くの橋は昔からの名称を引き継いで現在に至る。町名や区域が変わってしまったのとは対照的だ。いつしか橋は歴史の継承者となり、大阪にとって単なる土木構築物をはるかに超える存在となった。地下鉄の駅名に「○○橋」が多いことからもそれは伺える。橋は大阪の長い歴史が染み付いた、大切な看板を背負って立っているのだ。

 紹介したい橋が多すぎて途方に暮れるが、今回は断腸の思いで厳選した、都心部に架かる6つの橋をご案内しよう。

個性的な橋

 大阪を代表する橋といえばまずは「浪花三大橋」。大川から中之島にかけて並ぶ3つの大きな橋、天満橋、天神橋、そして難波橋のことだ。三大橋は江戸時代に幕府が直轄する公議橋として重要視され、大阪人に最も親しまれてきた。幕末の大阪の名所絵図「浪花百景」にも、「三大橋」というタイトルで3つの橋が並んで大川に架かる姿が描かれている。現在の橋は難波橋が最も古く、1915年に市電が通るのに合わせて架橋された。残りの2つは大正時代に始まった、第一次都市計画事業の一環として建設されたもの(天神橋:1934年、天満橋1935年)。重厚な桁橋の天満橋、軽快なアーチ橋の天神橋、そして中之島公園の玄関としての威厳をもつ難波橋と、キャラも立っている。今回はそのなかから難波橋天神橋について、後に詳しく紹介しよう。

 現在の大阪の都市部において、最も多くの人が利用する橋は淀屋橋と大江橋だろう。橋の上を大阪のメインストリート御堂筋が通り、大阪市役所の最寄りで、ビジネス街の中心に位置している。普段利用している人は、もはや橋であることすら意識していないのではないだろうか。この2つの橋は、第一次都市計画事業の御堂筋拡幅に合わせて架けられた。当時としては珍しい、デザインコンペによって設計案が選ばれている。この双子の橋からは、堂島川に架かる大江橋を後に見てみよう。

 大阪市内において現役で活躍する橋のなかで、最も古い橋は東横堀川に架かる本町橋だ。現役の鋼アーチ橋としては、日本最古ともいわれている。1913年に市電事業の進捗による本町通の道路拡幅工事が行われ、それに合わせて現在の橋に架け替えられた。当時から本町通は重要な路線とされ、橋も他とは異なる特別なデザインが施されていて面白い。

 構造がユニークなのは、大川に架かる桜宮橋だ。「銀橋」の愛称で親しまれているこの橋は、地盤を考慮した3ヒンジアーチと呼ばれる構造が採用されていて、戦前までは日本最大のアーチ橋だった。2006年に道路拡幅に伴って上流側に新しい橋が寄り添うようにして架けられたが、建築家・安藤忠雄が設計した新桜宮橋は、先代をリスペクトしたデザインになっている。

 大阪には歩行者専用の人道橋も多い。土佐堀川に架かる錦橋もそのひとつだ。錦橋は1931年の建設だが、「錦橋」という名称がつけられたのは1985年と最近のことで、元は土佐堀川可動堰としてつくられた。モダンなデザインは建築家・伊藤正文によるもので、他の橋とは一線を画している。1985年に橋面の美装化が行われ、人がゆっくりと憩える場所としてベンチを設け、大阪の橋を描いた錦絵を飾って橋のギャラリーが整備された。

橋の楽しみ方

 橋の役目は交通だけに限らない。錦橋のように、これからは都会の魅力的なオープンスペースとしての役割が求められている。例えば2012年の秋に社会実験として、人道橋の中之島ガーデンブリッジに期間限定のオープンカフェがお目見えした。当たり前だが川の上には遮るものが何もない(一部に高速道路はあるが)。気持ちのよい風がよく通り抜ける橋の上で、コーヒーやビールを片手に人々がゆっくりと時を過ごす、そんな橋の未来が今、目指されている。

 また橋は渡るだけのものでなく、くぐるものでもある。戦後のある時期まで、大阪の物流の主役は水運だった。橋の下を多くの人と船が行き交った。今回紹介しているような古い橋は、当然下から見られることも意識して設計されたはずだ。

 今回の取材は「御舟かもめ」という素敵な小型船をチャーターして、川の上から大阪の橋を見て回った。普段の地上からとは全く橋の印象が異なり、自分なりの発見がたくさんあった。橋を支える桁の架構など、まさに橋梁鑑賞の醍醐味だろう。未体験の方はぜひとも船に乗って、大阪の名所である「橋」の隠された魅力を体験してみてもらいたい。

参考文献
松村博著『大阪の橋』(1992年)
大阪府教育委員会発行『大阪府の近代化遺産』(2007年)