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金水敏先生から3.18(月)の講義資料が届きました

2024年3月15日 金曜日

担当/中島 淳

はっきり言ってむちゃくちゃおもしろいです。

プロジェクターに投影するパワーポイントの資料(50枚以上あります)を読むだけでも楽しいのに、これに金水先生の解説が付くと「たまらんやろなぁ」「みんな楽しそうに見るやろなぁ」と容易に想像できます。

パワポの投影資料をプリントアウトしました。肝心なところは当日のお楽しみ!

講義内容は大別すると

⚫︎本講義の目的(いきなりガツンときます) ⚫︎大阪弁の歴史 ⚫︎大阪弁の多様性 ⚫︎“コテコテ大阪弁” ⚫︎大阪コトバの広がり ⚫︎大阪型コミュニケーション

……などに分かれていて、皇居にも「ご進講」に出向かれた第一級の学者(金水先生のこと)が集めた豊富な資料が次々と登場するだけでなく、みんなが知ってるマンガやドラマ、小説、戯曲などの会話文が「事例」としてたくさん出てくるので注目ですわ。

また、3.18(月)ナカノシマ大学当日のみ、大阪府立中之島図書館2階のミュージアムショップにて(会場は3階多目的スペース)、金水敏先生の著書『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』と『コレモ日本語アルカ? 異人のことばが生まれるとき』(いずれも岩波現代文庫)を販売します。

 

本は先生が直接持参されるので、数に限りがあります。講座終了後にはサインをしてくださると思うので、ご期待あれ。

お楽しみはもう一つ。

かつて弊社は、雑誌『大阪人』の企画・編集を1冊まるごと、2011年5月から2012年4月まで、手がけていました。

1年間に隔月刊誌の『大阪人』を6冊、増刊号を4冊を編集しましたが、隔月刊誌では内田樹先生や町田康先生と並んで、金水先生の連載「新明解 現代大阪語辞典」がとても面白く、毎号人気でした。

毎回毎回、その時々の人気ドラマや身近な話を「つかみ」に持ってきて読者をリラックスさせ、「なんでそのコトバが使われるのか? それが意味するものは?」について、一つひとつ解きほぐすように解説していく。金水先生の上機嫌さとフレンドリーさが溢れる文章がとても読みやすく、「大阪のコトバについて一つ学んだなぁ」と実感できる内容でした。

この「新明解 現代大阪語辞典」には雑誌らしく4コママンガが添えらえていて、辻井タカヒロさんの、脱力系で笑えるけどちょっと毒のある絵がまた最高で、素晴らしいコンビだったと思います。

……と書いているだけでは「見てへんからぜんぜん分からんわ」と言われるのがオチなので、こちらも講義資料プラスワンとして、当日受講のみなさまにお配りします。

……というお楽しみ満載の3.18(月)ナカノシマ大学、当日朝10時に締め切りますが、その前に100人になったら終了ですので(あと15人)、どうぞお早めに!

 

3/20、23-24 本のイベントに出展します

2024年3月12日 火曜日

140Bは3/20(水・祝)、3/23-24(土・日)とそれぞれ本のイベントに出展します。

3/20(水・祝)11:00~16:00
おひがしさんブックパーク

会場は京都駅からもすぐの東本願寺前に新しく誕生した「市民緑地 お東さん広場」です。
初の試みでどんな出会いがあるか楽しみです。

3/23-24(土・日)10:00~17:00
江坂ブックフェスタ

吹田市江坂図書館および江坂公園等が会場です。
こちらも第1回とは思えない催し盛りだくさんのイベントになっています。

 

このような地域発のイベントが増えきそうですね。
どんどん、みんなで一緒に本の周辺を盛り上げていきたいと思います。たくさんのお運びをお待ちしております(青木)

 

3.18(月)のナカノシマ大学は定員を100人に増やしました

2024年3月11日 月曜日

担当/中島 淳

2023年度文化功労者の金水敏先生(日本学士院会員・放送大学大阪学習センター所長・大阪大学名誉教授)が登壇される3.18(月)ナカノシマ大学「どこへ行くのか大阪コトバ」の受講申し込みが、先週金曜日に定員の60人を超えましたので、大阪府立中之島図書館と協議して定員を100人まで増やすことにしました。

一人でも多くの方に、金水先生の「深くておもろうてためになる」大阪コトバの世界を体験していただければと思います♬

https://nakanoshima-daigaku.net/seminar/article/p20240318

2.27(火)朝、細川貂々さん「おはパソ」に生出演!

2024年2月23日 金曜日

担当/中島 淳

ナカノシマ大学に出られる細川貂々(てんてん)さんに、生出演をお願いしたいのですが」

中村鋭一さん、道上洋三さんの時代から半世紀以上続くABCラジオ「おはようパーソナリティ小縣裕介です(おはパソ)」の放送作家・O氏から連絡があったのは2月22日(木)のこと。

2月20日(火)読売新聞には新刊『きょうはおやすみします がっこうのてんこちゃん』(福音館書店)発売の記事が。https://www.yomiuri.co.jp/national/20240219-OYT1T50181/

「それ、いつの番組です?」「27日の火曜日で、オンエアは8:00頃から25分ほどです」。ナカノシマ大学の当日ですやん(笑)。

貂々さん、たぶんその日は夕方のナカノシマ大学までに、忙しい用事をぜんぶ済ませてから大阪に来られる予定だったのだろうと想像するが、朝7時半に福島区の朝日放送に入ろうと思ったら、「5時台に起きて宝塚のご自宅を6時半前に出んと間に合わんやろなぁ……」とか「ラジオのあとナカノシマ大学(18時〜19時半)までどないされるんやろか……」とか心配しつつも「すんませんお世話かけます!」と図々しくお願いした。

通常、ナカノシマ大学の受講申し込みは、開催前日に締め切ることにしている。

しかし、開催日の朝に「おはパソ」を聴いたリスナーの何人かが「今日の夕方やったら行ってみたい」となる可能性は、貂々さんが講師なんだから十分にあります。鶴笑師匠の大爆笑パペット落語もやりますから。

なので、今回の申込締切は当日、開場の17時半まで延ばします。みなさんふるってどうぞ。この日は晴れです(笑)

〈2月27日(火)のスケジュール〉

8:00頃〜8:30頃 ABCラジオ「おはようパーソナリティ小縣裕介です」細川貂々さん生出演

18:00〜19:45 ナカノシマ大学「生きるのヘタもまた楽し! トーク&パペット落語の会」講師:細川貂々 聞き手:髙島幸次 パペット落語:笑福亭鶴笑「あたま山」 申し込みはこちら

〈お楽しみはまだまだ〉

新刊『きょうはおやすみします がっこうのてんこちゃん』(福音館書店)発売にちなんで、西区堀江のART HOUSEにて個展「ほそかわてんてん『てんこちゃん て なんだろう』」を開催。3/8(金)〜12(火) ※3/9(土)にはトークショーも。

ほそかわてんてん「てんこちゃんてなんだろう」

細川貂々さん、ナカノシマ大学に初見参!

2024年2月19日 月曜日

担当/中島 淳

ナカノシマ大学誕生15周年の2024年。この2月講座には、マンガ家でイラストレーターの細川貂々(ほそかわ・てんてん)さんが登壇する。

ドラマ&映画化もされたベストセラー『ツレがうつになりまして』(幻冬舎)の作者として有名な貂々さんは、地元の宝塚市で「生きるのヘタ会?」を開催するだけでなく、神戸新聞のWEBでも展開している。

©細川貂々・神戸新聞

こちらのタイトルイラストを見ると気持ちのハードルが下がるし、自らの弱いところ、しんどいところを話してみる、という行為はシリアスで深刻そうに見えるけど、話すことで自分が楽になる。「あ、それ私もある」と近くの人と共感の橋がかかったりする。

この会では貂々さんは、「生きるのがヘタな人間のひとり」という立場で参加はしているが、あくまで「聞き役」に徹しているらしい。そのココロは参加者が、話すこと、他の参加者の話を聞くことを通じて自分を「研究対象」として客観的に見ることが目的だからということである。

貂々さんは自らを「ネガティブ思考クイーン」と思っていて、それが人生のいろんなところで顔を出すことがあって、ずっとうまくいかなかったという。

その彼女がマンガ家となりベストセラーを生み、この「生きるのヘタ会?」に至るまでの道のりについては、神戸新聞の中島摩子さんによるこちらのインタビュー記事がとても興味深くて面白かったので、お薦めです。

 

福音館書店から発売。左1,210円、右1,320円

細川貂々さんの作品は『ツレうつ』だけでなく本当にたくさんあって絞るのが大変だけど、昨年にはじまった「がっこうのてんこちゃん」シリーズは必読です。

何かあるとすぐにネガティブ思考の「どうしようオバケ」が顔を出す「てんこちゃん」を含めた、10人のクラスメイトの群像劇。先生も含めてそれぞれのキャラクターが見事に立っていて、これがきっと「生きるのヘタ会?」で貂々さんが目指している、「そのメンバーの一人として、自分が無理せずいられる」感じなんだろうと思う。

1巻目は『はじめてばかりでどうしよう!』、2巻目は『きょうはおやすみします』。子ども向けの本だけど、大人も楽しめる。ささっと読めるけど、考えさせてくれる。

クラスメイト「てんいち」くんから「てんと」くんまで10人の登場人物のひとりに、「てんぱちくん」がいて、落語好きで、「すきな演目は『あたま山』」と紹介されている(1巻目)。

これは、パペット落語の第一人者、笑福亭鶴笑師匠へのリスペクトですな。師匠の「あたま山」は2月27日(火)のナカノシマ大学に、貂々さん×髙島先生のトークの後で登場します。みなさまお楽しみに!

拝啓・古地図サロンから41

2024年2月13日 火曜日

2024年1月26日・本渡章より

【今回の見出し】

■2024年1月の古地図サロンレポートと2024年3月の予定

  • 最近の主な古地図活動
  • お知らせ・電子書籍のご案内・プロフィル

■古地図サロンのレポート

開催日:1月26日(金)午後3~5時 御堂筋の大阪ガスビル1階カフェ「feufeu」にて。

皆さま、いかがお過ごしですか。

新しい年は能登地震の悲報から始まりました。戦争、気候変動をはじめ難題山積みの世界の隅っこで、このささやかなサロンが誕生から7年目を迎えられたのは幸運のおかげです。会場のカフェがある大阪ガスビルの大改修が始まるまで、あと数回の開催になりますが、よろしくお願いいたします。

今回は大正末期、昭和30年代の大阪市街図、東住吉区と此花区の区分地図などを広げ、最後に日本全国の活断層地図を見ていただきました。「ちょっと前まで、ここにこんなものがあった」「ひと世代前まで、あそこにこんな風景があった」と、地図に見つけた時の流れを語らう楽しみも平穏な日々があってこそ。島国の日本が活断層の赤いラインに覆われ、震源地となるプレート境界のトラフ(海溝)に囲まれているのを示す活断層地図は、頭のどこかに置いておくのが、日々を大事に過ごすことにつながると思います。

ここしばらくメンバーが固定していたのですが、久々に初参加の方をお迎えしました。このブログを見て来られたとのこと。大歓迎です。残り少なくなった大阪ガスビルでのサロン、関心をお持ちの方は、3月、5月、7月の第4金曜日に1階カフェを覗いてみて下さい。夏までは従来通り開催しています。9月以後は未定ですが、ガスビル大改修が始まった時点で会場のカフェ閉店となるためサロンは終了いたします(改修後の再開はありません)。次回の古地図サロンは2024年3月22日(金)開催です。

 

 

◉今回のサロンで展示した地図

◆原図
大大阪最新地図 大正14年(1925) 時事新報社
大阪市新地図 昭和6年(1931) 日下伊兵衛
交通明細大阪市街新地図 昭和20年代後半 日地出版
最新大阪地図 昭和31年(1956) 和楽路屋
大阪市区分地図・此花区詳細図 昭和28年(1953) 和楽路屋
地番入東住吉区詳細図 昭和30年頃 発行者不明
日本の活断層図[地図と解説] 平成4年(1992) 活断層研究会編・東京大学出版会

★次回は2024年3月22日(金)午後3~5時開催予定

会場は御堂筋の大阪ガスビル1階カフェにて。私の30分トークは午後4時頃からです。サロン参加は無料(但し、カフェで1オーダーしてください)。途中参加・退出OK。勉強会でもなく会員制でもありませんので、どなたでも気軽にご参加ください。

諸事情により開催中止の場合は、事前にこの場でお知らせします。

 

【最近と今後の古地図活動】12月以降

●朝日カルチャーセンター中之島での講座 2月~5月

2月23日(金)・3月22日(金)午前10時30分~12時「古地図地名物語」
住吉区・住之江区の地名について連続講座でお話します。

4~5月は史跡ウォークと教室での座学による2回講座を予定

 

サロン「東風(こち)」第3回

2024年2月9日(金)午後2~4時 豆玩舎ZUNZO(宮本順三記念館)/近鉄八戸ノ里駅前

古地図を囲んで街の話題。古地図の楽しみ方についても語ります。お茶付き。会場はグリコのおまけデザイナーで洋画家の宮本順三さんの作品&コレクションを集めたミュージアム・豆玩舎(宮本順三記念館)。近鉄八戸ノ里駅前。ミュージアム観覧もかねて、お気軽にご参加を。

 

X(ツィッター)その他

X(ツィッター)始めました。本渡章 @hondo_akira1113
古地図以外の話題もいろいろ。その他まだ公開できませんが、進行中の案件あり。いずれご報告いたします。

●「大阪の地名に聞いてみた」ブログ連載、全12回24編

誰よりも大阪を知る「大阪の地名」の声、地名にひかれ地名で結ばれる人の想い。一年間の連載が2023年1月に完結(題字と似顔絵・奈路道程)し、書籍化が決定! 追加取材を加え、ブログの内容を大幅に再構成し、刊行されます。
それまではブログ「大阪の地名に聞いてみた」でお楽しみください。

第12回 ここは水惑星サンズイ圏【前編・後編】
第11回 島の国の島々の街【前編・後編】
第10回 仏地名は難波(なにわ)から大坂、大阪へ【前編・後編】
第9回  人の世と神代(かみよ)をつなぐ神地名【前編・後編】
第8回 語る地名・働く地名【前編・後編】(仕事地名・北摂編)
第7回 古くて新しい仕事と地名の話【前編・後編】(仕事地名・河内編)
第6回 街・人・物・神シームレス【前編・後編】(仕事地名・泉州編)
第5回 場所が仕事をつくった【前編・後編】(仕事地名・大阪市中編)
第4回 花も緑もある大阪【前編・後編】
第3回 桜と梅の大阪スクランブル交差点【前編・後編】
第2回 続・干支地名エトセトラ&その他の動物地名【前編・後編】
第1回 大阪の干支地名エトセトラ【前編・後編】

 

動画シリーズ継続中!
  本渡章の「古地図でたどる大阪の歴史」~「区」150年の歩み

大阪市のたどった道のりを、それぞれの土地の成り立ちと経済、文化など多様な要素を持つ24の「区」から見つめなおすシリーズ。続編はしばらくお待ちを。(制作・大阪コミュニティ通信社)

第2回番外編 府と区と市の関係について再考

第2回その2 西へ西へと流れた街のエネルギーと水都の原風景…西区

第2回その1 「江戸時代の大坂」と「明治以後の大阪」の架け橋となった巨大区…西区

第1回その3 平成の減区・合区が時代のターニングポイント

第1回その2 大正~昭和は人口爆発、増区・分区の4段跳び時代

第1回その1 大坂三郷プラスワン、4つの区の誕生


|古地図ギャラリー休眠のお知らせ|

2020年9月から202311月まで、東畑建築事務所・清林文庫の所蔵地図、鳥瞰図絵師の故・井沢元晴氏の作品を中心に紹介してきた古地図ギャラリーは休眠期間に入りました。過去20回の公開作品には現役の鳥瞰図絵師、青山大介氏の作品や本渡章所蔵の古地図も含まれています。ラインアップは下記の通りです。
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過去20回の古地図ギャラリーで公開した全40作品

20(2023年11月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「大阪新町夕陽廊の賑」安政5年(1859)

第19回(2023年9月)

①東畑建築事務所・清林文庫より黄華山・画「花洛一覧図」文化5年頃(1808)

 

第18回(2023年7月)

①東畑建築事務所・清林文庫より池田奉膳蔵「内裏図」

 

第17回(2023年5月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「地球萬國山海輿地全図」

②青山大介作品展2023

 

第16回(2023年3月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「天王寺・石山古城図」

 

第15回(2023年1月)

①東畑建築事務所・清林文庫より長谷川圖書「摂津大坂図鑑綱目大成」

 

第14回(2022年11月)

①東畑建築事務所・清林文庫より久野恒倫「嘉永改正堺大絵図」

②鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「私たちの和田山町」

 

第13回(2022年9月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「淀川勝竜寺城跡全図」

 

第12回(2022年7月)

①東畑建築事務所「清林文庫」より秋山永年「富士見十三州輿地全図」

 

第11回(2022年5月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「大日本分境図成」

 

第10回(2022年3月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「新改正摂津国名所旧跡細見大絵図」

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「笠岡市全景立体図」

 

第9回(2022年1月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「暁鐘成・浪花名所独案内」

②本渡章所蔵地図より「大阪市観光課・大阪市案内図

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「躍進井原市」

 

第8回(2021年11月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「友鳴松旭・大日本早見道中記」

②本渡章所蔵地図より「遠近道印作/菱川師宣画・東海道分間絵図」「清水吉康・東海道パノラマ地図」

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「吉備路」

 

第7回(2021年9月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「石川流宣・江戸図鑑綱目坤」「遠近道印・江戸大絵図」

②本渡章所蔵地図より「改正摂津大坂図」

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「倉吉市と周辺 文化遺跡絵図」

 

第6回(2021年7月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「石川流宣・日本海山潮陸図」「石川流宣・日本国全図」

②本渡章所蔵地図より「大阪師管内里程図」

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「倉敷美観地区絵図」

 

第5回(2021年5月)

①2007清林文庫展解説冊子・2019清林文庫展チラシ

②本渡章所蔵地図より「近畿の聖地名勝古蹟と大阪毎日」

③フリーペーパー「井沢元晴漂泊の絵図師」・鳥観図「古京飛鳥」「近つ飛鳥河内路と史跡」

 

第4回(2021年3月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「大阪湾築港計画実測図」

②本渡章所蔵地図より「大阪港之図」

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「福山展望図」

④鳥観図絵師・青山大介の作品より「梅田鳥観図2013」

 

第3回(2021年1月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「江戸切絵図(尾張屋版)」「摂津国坐官幣大社住吉神社之図」

②本渡章所蔵地図より「摂州箕面山瀧安寺全図」

③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「小豆島観光絵図」

 

第2回(2020年11月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「メルカトル世界地図帳」「オルテリウス世界地図帳」

②本渡章所蔵地図より「A NEW ATLAS帝国新地図」「NEW SCHOOL ATLAS普通教育世界地図」

③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「大阪府全図(三部作)」

 

第1回(2020年9月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「ブレッテ 1734年のパリ鳥観図」

②昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「ふたつの飛鳥と京阪奈」

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東畑建築事務所「清林文庫」は、同事務所の創設者東畑謙三が蒐集した世界の芸術・文化に関する稀覯本、約15000冊を所蔵。建築・美術工芸・絵画・彫刻・考古学・地誌など分野は幅広く、世界有数の稀覯本コレクションとして知られる。古地図に関しても国内外の書籍、原図など多数を収め、価値はきわめて高い。

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鳥観図絵師・井沢元晴(1915~1990)は戦後から昭和末までの約40年間に、日本各地を訪ねて多くの鳥観図を描き、昭和の伊能忠敬とメディアで紹介された。活動の前半期にあたる戦後の20年間は「郷土絵図」と呼ばれた鳥観図を作成。その多くは、子供たちに郷土の美しさを知ってもらいたいとの願いをこめて各地の学校に納められ、校舎に飾られた。学校のエリアは主に西日本。「郷土絵図」の活動は60年代半ばまで継続し、新聞各紙にとりあげられた。

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鳥観図絵師・青山大介(1976~)神戸生まれ。高校時代に都市鳥瞰図絵師の第一人者、故・石原正氏の鳥観図に出会い、感銘を受け、独学で鳥瞰図絵師を志す。2011年、制作に3年半をかけた「みなと神戸バーズアイマップ2008」を完成。2013年発行の「港町神戸鳥瞰図2008」は神戸市の津波避難情報板に採用された。以後、多数の作品を発表し、都市鳥瞰図の魅力を発信。2022年の「古の港都 兵庫津鳥瞰図1868」は同年開館の兵庫津ミュージアムのエントランス展示作品となる。2023年、神戸市文化奨励賞受賞。

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●電子書籍のお知らせ

本渡章の著書(古地図・地誌テーマ)のうち、電子書籍になった10冊(2022年末現在)は次の通りです。
(記載の刊行年は紙の書籍のデータです)

『鳥瞰図!』140B・刊(2018年)

思考・感情・直観・感覚…全感性を目覚めさせる鳥瞰図の世界にご案内。大正の広重と呼ばれた吉田初三郎の作品群を中心に、大空から見下ろすパノラマ風景の醍醐味を味わえます。併せて江戸時代以来の日本の鳥観図のルーツも紐解く、オールカラー・図版多数掲載の決定版。

『古地図で歩く大阪 ザ・べスト10』140B・刊(2017年)

梅田・中之島・御堂筋・ミナミ・天満・京橋・天王寺。阿倍野・住吉・十三・大正・平野の10エリアを古地図で街歩きガイド。さらに博物館、図書館、大書店、古書店での古地図探しの楽しみ方、大阪街歩き古地図ベストセレクション等々、盛りだくさんすぎる一冊。オールカラー・図版多数掲載。

*上記2冊は各電子書籍ストアでお求めください

*下記8冊は創元社(オンライン)の電子書籍コーナーでお求めいただけます

『図典「摂津名所図会」を読む』創元社・刊(2020年)

大阪の地誌を代表する「摂津名所図会」の全図版を掲載。主要図版(原寸大)には細部の絵解きの説明文、その他の図版にもミニ解説を添えた。調べものに便利な3種類の索引、主要名所の現在地一覧付。江戸時代の大阪を知るためのビジュアルガイド。

『図典「大和名所図会」を読む』創元社・刊(2020年)

姉妹本『図典「摂津名所図会」を読む』の大和(奈良)版です。主要図版(原寸大)には細部の絵解きの説明文、その他の図版にもミニ解説を添え、3種類の索引、主要名所の現在地一覧も付けるなど「摂津編」と同じ編集で構成。江戸時代の奈良を知るためのビジュアルガイド。

『古地図が語る大災害』創元社・刊(2014年)

記憶の継承は防災の第一歩。京阪神を襲った数々の歴史的大災害を古地図から再現し、その脅威と向き合うサバイバル読本としてご活用ください。歴史に残る数々の南海トラフ大地震の他、直下型大地震、大火災、大水害の記録も併せて収録。

『カラー版大阪古地図むかし案内』(付録・元禄9年大坂大絵図)創元社・刊(2018年)

著者の古地図本の原点といえる旧版『大阪古地図むかし案内』に大幅加筆し、図版をオールカラーとした改訂版。江戸時代の大坂をエリアごとに紹介し、主要な江戸時代地図についての解説も収めた。

『大阪暮らしむかし案内』創元社・刊(2012年)

井原西鶴の浮世草子に添えられた挿絵を題材に、江戸時代の大坂の暮らしぶりを紹介。絵解きしながら、当時の庶民の日常と心情に触れられる一冊。

『大阪名所むかし案内』創元社・刊(2006年)

江戸時代の観光ガイドとして人気を博した名所図会。そこに描かれた名所絵を読み解くシリーズの最初の著書として書かれた一冊。『図典「摂津名所図会」を読む』のダイジェスト版としてお読みいただけます。全36景の図版掲載。

『奈良名所むかし案内』創元社・刊(2007年)

名所絵を読み解くシリーズの第2弾。テーマは「大和名所図会」。全30景の図版掲載。

『京都名所むかし案内』創元社・刊(2008年)

名所絵を読み解くシリーズの第3弾。テーマは「都名所図会」。全36景の図版掲載。

※その他の電子化されていないリアル書籍(古地図・地誌テーマ)一覧

『古地図でたどる 大阪24区の履歴書』140B・刊(2021年)

『大阪古地図パラダイス』(付録・吉田初三郎「大阪府鳥瞰図」)140B・刊(2013年)

『続・大阪古地図むかし案内』(付録・グレート大阪市全図2点)創元社・刊(2011年)

『続々・大阪古地図むかし案内』(付録・戦災地図・大阪商工地図)創元社・刊(2013年)

『アベノから大阪が見える』燃焼社・刊(2014)

『大阪人のプライド』東方出版・刊(2005)

 

●本渡章(ほんど・あきら)プロフィール

1952年大阪市生まれ。作家。(財)大阪都市協会発行時の「大阪人」編集などを経て文筆業に。1996年第3回パスカル短篇文学新人賞優秀賞受賞。短編が新聞連載され『飛翔への夢』(集英社)などに収録。編著に『超短編アンソロジー』(ちくま文庫)がある。その後、古地図・地誌をテーマに執筆。
著書『鳥瞰図!』『古地図でたどる大阪24区の履歴書』『古地図で歩く大阪 ザ・ベスト10』『大阪古地図パラダイス』(140B)『古地図が語る大災害』『カラー版大阪古地図むかし案内』『図典「摂津名所図会」を読む』『大阪暮らしむかし案内』(創元社)など多数。共著に『大阪の教科書』(創元社)がある。

同じ堂ビルの8階に引っ越しました!

2024年1月15日 月曜日

担当/中島 淳

本日1月15日(月)から、これまで6年間仕事をしてきた堂島ビルヂング602号室に別れを告げて、2フロア上の804B号室で業務をスタートします。

■新住所

〒530-0047 大阪市北区西天満2-6-8 堂島ビルヂング804B

tel.06-6484-9677 fax.06-6484-9678 ←こちらは従来のまま

804Bから南東側を望む。弊社の堂ビルは大正12年(1923)、赤レンガの中央公会堂は大正7年(1918)、右隣の中之島図書館は明治37年(1904)築と、界隈の平均年齢を上げています(笑)

面積が半分になったので、「ありゃりゃ!?」と思うほど狭くなりましたが、ちょっと明るくなり、以前に比べて眺めがよくなりました。大阪府立中之島図書館、大阪市中央公会堂、そして船場にニョキニョキと増えているタワーマンションがすぐ近くに見えます。

狭くなった分、スタッフ4人の作業机は超コンパクトにして、打ち合わせ用のテーブルやムダにデカい白板はそのままにしました(その写真は後日)。

大江橋北詰の御堂筋沿いなので、お茶を飲みにお立ち寄りくださいませ。その際、「誰もいてへんわ」ということもあります(涙)。事前にお電話をm(_ _)m

堂ビルの「ハチマルヨンビー」にあるイチヨンマルビーと、ややこしいことこの上ありませんが(汗)、どうぞこの先もごひいきに。遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。

では1月25日(木)の天神寄席30日(火)のナカノシマ大学でお会いしましょう♬

笠置シヅ子さんが卒業した小学校を訪ねた

2024年1月12日 金曜日

担当/中島 淳

元日の能登半島地震で被災された方に、心からお見舞い申し上げます。

29年前に東灘区の自宅で被災して(損壊なし)ケガもなかった人間でさえ、電気も水道もガスもない真っ暗な家で真冬に寝泊まりするのはホンマに堪忍してほしいと感じ、翌日には堺に避難しました。

だから避難所の惨状を知るにつけ、「予算の使い方間違うてるで」と思います。猛省してすぐに改善してください。

NHK連続テレビ小説「ブギウギ」の主人公・福来スズ子(趣里)のモデル、笠置シヅ子(1914-85)が通っていた、大阪市大正区南部の南恩加島(みなみおかじま)小学校にお邪魔した。

大正区は自分の中では「なじみ」の場所である。

大正駅前の酒場には好きな店がいくつかあるし、シンボルの昭和山(標高33m)には何度となく登って、「大阪八低山」の中では最高の眺めや!とお気に入りだし、南端の新木津川大橋の上から見える、川と港、巨大工場、高架道路、そして遠くの山が織りなす景観は、「歩くの大変やけど値打ちあるわ〜」と実感できる大スペクタクルであった。

新木津川大橋の歩道からもこれだけの眺め! 奥は住之江区と和泉山脈

好きな作家、柴崎友香さんの出身地がここ大正区というのもポイントが高い。とくに短編集『ビリジアン』は潮の香りにアスファルやコンクリート、鉄の匂いが混じり、湿気までが伝わってくる。大正区入門編としてお薦めである。

……ということもあって、笠置シヅ子が卒業した小学校が大正区にある、と知って図々しくもお邪魔させていただいた。

朝ドラ「ブギウギ」では、少女時代の舞台は父の花田梅吉(柳葉敏郎)と母のツヤ(水川あさみ)が営む[はな湯]で場所は「福島」という設定だったが、笠置シヅ子の実家「亀井家」は福島だけでなく、大阪市内各地で転居を繰り返し、引っ越した先で銭湯を開いていた。

私は亀井志津子の名を手拭や鞄に書き付けて下福島尋常小学校に入学しました。二年生になると自宅が引越したので中津警察署の傍の曽根崎尋常小学校に転校し、更に三年生の時、十三へ引越し神津尋常小学校に転校、四年生で川口に移って本田尋常小学校に転校、五年生で南恩加島小学校に移り、ここで卒業までを送りました。」(『笠置シヅ子自伝 歌う自画像 私のブギウギ伝記』〈宝島社〉より)

南恩加島小学校の創立は大正13年(1924)。笠置シヅ子は開校して間がない当地の小学校に大正14年(1925)に転校、昭和2年(1927)に卒業した。同書の年表によれば同じ年に宝塚音楽学校を受験するも不合格、その後、松竹楽劇部生徒養成所に入り、8月には「三笠静子」の芸名でさっそく初舞台を踏んでいる。早くも13歳からエンターテイナーの道を歩んでいた。

大正通から少し東へ入ったところにある大阪市立南恩加島小学校。生徒数は約220人

小学校を出てすぐに社会人、という人生も当時はあったのである。でも勉強ができない訳ではなかった。

読み方、書き方なんていうのは駄目で唱歌と算術が甲でしたが、受け持ちの先生に『あんたには無理に上の学校を勧めない』。器用だから芸をみっちり仕込むのもいいし、記憶がよいから看護婦になるのもよかろうと言われて」(同)

両親は「看護婦」と聞いて苦笑していたらしいが、先生は彼女の歌唱力だけでなくコミュニケーションスキルの高さを見抜いていたのである。

大正区(当時は西区)の南部は、大正初期はまだ地図にも載らないエリアであったが、昭和3年(1928)の地図を見ると現在の全域が掲載され、奥の鶴町まで市電が開通しているのが分かる。笠置シヅ子は、現在はバス停になっている「大運橋通」あるいは「南恩加島」から市電に乗って、仕事場である大阪松竹座(1923年竣工)に通っていたのだろう。

大正5年の地図。「この先、産業発展のために用意された土地」ということだけ分かる。「南恩加島」はこの下で、掲載されていない(1916年『大阪市街全圖:實地踏測』国際日本文化研究センター所蔵)

街が急速に整備された昭和3年の地図。オレンジ色の矢印が「南恩加島小学校」の位置。学校を表す「文」という記号が載っている(1928年『最新大大阪市街全圖』国際日本文化研究センター所蔵)

 

 

 

 

 

 

 

 

南恩加島の南隣の船町では、大正11年(1922)には日立造船(当時は大阪鉄工所)が、翌年には中山製鋼所が操業を始めた。昭和4年(1929)には東京・羽田に先駆けて日本初の本格的な民間飛行場である「大阪(木津川)飛行場」が開港して、名古屋や福岡、高松、白浜を結ぶ定期旅客便が飛んだ。西隣の鶴町には、笠置シヅ子が小学校を卒業した昭和2年(1927)に米ゼネラル・モーターズ(GM)が操業を開始し、シボレーなどがここで生産された(1941年に撤退)。そして昭和7年(1932)には、西区から独立して「大正区」が発足する。

木津川大橋から見える中山製鋼所。ここは松田優作の遺作となったリドリー・スコットの『ブラック・レイン』のロケ地にもなった。奥は南港の高層ビルと港大橋、六甲山系

南恩加島小学校の周辺は急激に人口が増加し、住宅が増え、居酒屋や映画館、ダンスホールなども出来てちょっとした歓楽街となっていた。そんな時期に亀井家がここで銭湯を開いていたのである。

南恩加島小学校校長の樋口和弘先生が地元の人から聞いた話では、笠置シヅ子の実家の銭湯は、大正通を挟んだ西側、大正西中学校(1955年創立)の辺りにあったそうである。客の大半は工場労働者。売上が増えることはあっても減ることはない時節柄、きっと儲かったはずであろうが……。

南恩加島町を最後に五カ所を転々としてきた風呂屋をやめ、その権利を売ったいくばくかの金で居喰いしていました。住居も南田辺へ引越しましたが、まだ浴客の来ない朝風呂にゆったりとつかり、いい気持で歌のひとくさりも歌ってから少女歌劇に通うのを日課としていた私は、暫くの間、これが出来ないのが物足りなくて仕様がありませんでした。風呂屋をやめたわけはよくわかりませんが、ひょっとしたら父の道楽から経済が手づまりとなり、借金の抵当にでも取られたのではないでしょうか。」(同)と、淡々と記している。

笠置シヅ子の実家兼銭湯があった(らしい)大正西中学校前から。道は彼女の通学路であり通勤路だった

ドラマでもスズ子は実家の[はな湯]で何度も歌を披露していたが、銭湯は幅広い客層が好き勝手に歌う唄で常に「ごった煮」の状態だったはずである。彼女が銭湯の娘でなかったら歌手にはなっていなかったのではないだろうか。

1月30日(火)のナカノシマ大学で講師を務める輪島裕介さんは、著書『昭和ブギウギ〜笠置シヅ子と服部良一のリズム音曲』(NHK出版新書)でこのように書いている。

大都市の銭湯は、多様な人々が日常的に行き来する場であり、出身地も生業も異なる人が行き交う中で、さまざまな音曲の交換が起こっていただろう。さらにいえば、笠置は小学校卒業前後の時期を沖縄系移住者のコミュニティの中心となった大正区・南恩加島で過ごしており、そこで何らかの音楽的な交流が起こっていたら、という妄想を禁じえない(ちなみに沖縄音楽を専門に扱う最初のレコード会社マルフクレコードは、笠置が小学校を卒業した一九二七年に大阪で設立されている)

ドラマの劇中でスズ子が歌う「アイレ可愛や」を聴くと、その感を強くする。

地元の酒場で一杯飲んでバスで帰った。麦焼酎のソーダ割り、白菜とタコのピリ辛、ポテサラで1,000円からお釣りが来ました

「南恩加島は三代にわたって住んでいるというお家が多くて、地元の結びつきが強いまちなんです。笠置シヅ子さんのことでも『校長先生、この際だしもっと宣伝したら』と言われるんですよね(笑)」(南恩加島小学校・樋口校長)

南恩加島小学校はこの11月に「創立100周年」が祝われる。ええタイミングでナカノシマ大学を開催できてうれしい。

いよいよ1月30日(火)です。お早めに!

 

拝啓・古地図サロンから40

2023年12月26日 火曜日

2023年11月24日・本渡章より

【今回の見出し】

■2023年11月の古地図サロンレポートと2024年1月の予定

  • 最近と今後の古地図活動
  • 古地図ギャラリー
    東畑建築事務所「清林文庫」コレクションより

■古地図サロンのレポート

開催日:11月24日(金)午後3~5時 御堂筋の大阪ガスビル1階カフェ「feufeu」にて。

皆さま、お元気でいらっしゃいますか。

今年最後の古地図サロンになりました。来年後半は既報のとおり、大阪ガスビルの大改修が始まるため、会場のカフェ閉店の時点でサロンも終了となります。改修工事の開始時期はまだ決まっていませんが、おそらく来年の7月頃までは、これまでどおりサロンを継続できると思います。詳細はあらためて、この場で報告いたします。
今回は東京の市制時代の地図、京都・神戸が大京都・大神戸と名乗っていた頃の地図など、公開しました。明治30年代の「大阪市新地図」は副題が英語です。戦前の「近畿遊覧疼痛略図」の主役は近鉄の路線網でした。それぞれの時代の色が出ています。併せて11月2日付・朝日新聞(鳥取版)に載った井沢元晴・作の鳥観図、戦災画の記事もサロンでご紹介。絵師・井沢元晴の作品はこのブログでも古地図ギャラリーなどで度々とりあげてきました。今後さらに多くの方に知っていただきたい作者です。
というわけで、2024年1月のサロンでまたお会いいたしましょう。

 

 

◉今回のサロンで展示した地図

◆原図
東京市全図 大正11年(1936)龍王堂出版部
大京都市街地図 昭和16年(1941)日本統制地図
大神戸市街地図 昭和16年(1941)和楽路屋
新制東京全図 昭和23年(1948)日本観光
大阪市新地図 NEW MAP OF OSAKA-CITY 明治35年(1902)駸々堂
近畿遊覧交通略図 昭和10年頃 発行者不明

★次回は2024年1月26日(金)午後3~5時開催予定

会場は御堂筋の大阪ガスビル1階カフェにて。私の30分トークは午後4時頃からです。サロン参加は無料(但し、カフェで1オーダーしてください)。途中参加・退出OK。勉強会でもなく会員制でもありませんので、どなたでも気軽にご参加ください。

諸事情により開催中止の場合は、事前にこの場でお知らせします。

 

【最近と今後の古地図活動】12月以降

●朝日カルチャーセンター中之島での講座 12月~3月

12月15日(金)午前10時30分~12時「大正の広重・吉田初三郎の世界」

日本全国の名所鳥瞰図で一世を風靡した吉田初三郎の大ベストセラー、鉄道開通50周年記念『鉄道旅行案内』を読み解き、観光ブームに湧いた大正時代の旅を再現。

1月26日・2月24日・3月23日「古地図地名物語」

東住吉区・住吉区・住之江区の3区の地名について、3回講座でお話します。

 

OCU主催「古地図さんぽ」

2024年1月21日(日)午後1~4時。「大阪湾岸の歴史を深堀り・此花区編」

伝法駅周辺エリアのウォーク&此花区民ホールでの講座をセットで実施。ウォークでは船形と社伝が一体になった鴉之宮などめぐります。講座は伝法と海の向こうの文化伝来の歴史について。

 

サロン「東風(こち)」第3回

2024年2月9日(金)午後2~4時 豆玩舎ZUNZO(宮本順三記念館)/近鉄八戸ノ里駅前

前回(11月10日)は「東大阪の七不思議」続編は、本当にあった「謎の瓢箪山遊園」、その街の中心を意味する地名の「本町」が東大阪市にはいくつもある……など古地図を囲んで街の話題。併せておまけになった古地図の話も。次回も古地図とともに大阪の話題を楽しみましょう。会場はグリコのおまけデザイナーで洋画家の宮本順三のコレクション展示で知られる豆玩舎(おまけや)。

東大阪散策MAP完成

東大阪市の旧街道、旧川筋、地蔵と祠、古社寺、お勧め店など情報満載のイラストマップに名所絵・見どころ解説を添えて、2つの推奨コース「河内永和~布施」「吉田~河内花園」をご紹介。案内役・本渡章。このマップ1枚あれば街歩きの楽しみ2倍。東大阪観光協会発行(東大阪市役所で入手できます)

 

雑誌「歴史人」12月号に執筆

京の都の大通り、「丸太町通・綾小路通」2頁を執筆。歴史人×お通り男史タイアップ企画。

 

歴史発掘・小冊子「玉野市」に執筆

鳥人幸吉の古里・岡山県玉野市の小冊子に「塩の歴史話」など執筆。日本各地の歴史発掘プログラムを展開しているABCアーク制作。2024年初春発行予定。

●「大阪の地名に聞いてみた」ブログ連載、全12回24編

誰よりも大阪を知る「大阪の地名」の声、地名にひかれ地名で結ばれる人の想い。一年間の連載が2023年1月に完結(題字と似顔絵・奈路道程)し、書籍化が決定! 追加取材を加え、ブログの内容を大幅に再構成し、刊行されます。
それまではブログ「大阪の地名に聞いてみた」でお楽しみください。

第12回 ここは水惑星サンズイ圏【前編・後編】
第11回 島の国の島々の街【前編・後編】
第10回 仏地名は難波(なにわ)から大坂、大阪へ【前編・後編】
第9回  人の世と神代(かみよ)をつなぐ神地名【前編・後編】
第8回 語る地名・働く地名【前編・後編】(仕事地名・北摂編)
第7回 古くて新しい仕事と地名の話【前編・後編】(仕事地名・河内編)
第6回 街・人・物・神シームレス【前編・後編】(仕事地名・泉州編)
第5回 場所が仕事をつくった【前編・後編】(仕事地名・大阪市中編)
第4回 花も緑もある大阪【前編・後編】
第3回 桜と梅の大阪スクランブル交差点【前編・後編】
第2回 続・干支地名エトセトラ&その他の動物地名【前編・後編】
第1回 大阪の干支地名エトセトラ【前編・後編】

 

動画シリーズ継続中!
  本渡章の「古地図でたどる大阪の歴史」~「区」150年の歩み

大阪市のたどった道のりを、それぞれの土地の成り立ちと経済、文化など多様な要素を持つ24の「区」から見つめなおすシリーズ。続編はしばらくお待ちを。(制作・大阪コミュニティ通信社)

第2回番外編 府と区と市の関係について再考

第2回その2 西へ西へと流れた街のエネルギーと水都の原風景…西区

第2回その1 「江戸時代の大坂」と「明治以後の大阪」の架け橋となった巨大区…西区

第1回その3 平成の減区・合区が時代のターニングポイント

第1回その2 大正~昭和は人口爆発、増区・分区の4段跳び時代

第1回その1 大坂三郷プラスワン、4つの区の誕生

|古地図ギャラリー|

【大阪新町夕陽廊の賑】安政5年(1859)
松屋喜兵衛・石川屋和助・河内屋平七

新町は大坂夏の陣の後に設けられた幕府公認の遊里。江戸の吉原、京都の島原とともに三大遊廓と称され、江戸時代を通して大坂最大の廓として繁栄しました。「大阪新町夕陽廊の賑」は新町の賑わいを生き生きと伝える俯瞰図です。題名に「夕陽」とあるとおり、この風景は夕暮れ時。図中に提灯を手に持つ人がいます。右下隅に見えるのは、現在は埋め立てられた西横堀川に架かる新町橋で、船場から新町への通り道になっていました。新町橋を渡った人が遊廓の東大門を通り、遊廓に入っていく光景の中に刀をさした武士の姿も見られます。道筋に沿って桜の並木が続きます。新町は桜の名所でもありました。
図の発行は、安政の大獄で世情が不穏になった幕末期と重なっています。明治維新の激動は目の前。図に描かれた夜桜に彩られた遊廓の賑わいは、江戸時代の最後に開いた花のようです。新町遊廓の跡を示す碑は今、西区の新町公園に建っています。

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東畑建築事務所「清林文庫」は、同事務所の創設者東畑謙三が蒐集した世界の芸術・文化に関する稀覯本、約15000冊を所蔵。建築・美術工芸・絵画・彫刻・考古学・地誌など分野は幅広く、世界有数の稀覯本コレクションとして知られる。古地図に関しても国内外の書籍、原図など多数を収め、価値はきわめて高い。
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過去の古地図ギャラリー公開作品

第19回(2023年9月)

①東畑建築事務所・清林文庫より黄華山・画「花洛一覧図」文化5年頃(1808)

 

第18回(2023年7月)

①東畑建築事務所・清林文庫より池田奉膳蔵「内裏図」

 

第17回(2023年5月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「地球萬國山海輿地全図」

②青山大介作品展2023

 

第16回(2023年3月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「天王寺・石山古城図」

 

第15回(2023年1月)

①東畑建築事務所・清林文庫より長谷川圖書「摂津大坂図鑑綱目大成」

 

第14回(2022年11月)

①東畑建築事務所・清林文庫より久野恒倫「嘉永改正堺大絵図」

②鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「私たちの和田山町」

 

第13回(2022年9月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「淀川勝竜寺城跡全図」

 

第12回(2022年7月)

①東畑建築事務所「清林文庫」より秋山永年「富士見十三州輿地全図」

 

第11回(2022年5月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「大日本分境図成」

 

第10回(2022年3月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「新改正摂津国名所旧跡細見大絵図」

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「笠岡市全景立体図」

 

第9回(2022年1月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「暁鐘成・浪花名所独案内」

②本渡章所蔵地図より「大阪市観光課・大阪市案内図

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「躍進井原市」

 

第8回(2021年11月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「友鳴松旭・大日本早見道中記」

②本渡章所蔵地図より「遠近道印作/菱川師宣画・東海道分間絵図」「清水吉康・東海道パノラマ地図」

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「吉備路」

 

第7回(2021年9月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「石川流宣・江戸図鑑綱目坤」「遠近道印・江戸大絵図」

②本渡章所蔵地図より「改正摂津大坂図」

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「倉吉市と周辺 文化遺跡絵図」

 

第6回(2021年7月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「石川流宣・日本海山潮陸図」「石川流宣・日本国全図」

②本渡章所蔵地図より「大阪師管内里程図」

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「倉敷美観地区絵図」

 

第5回(2021年5月)

①2007清林文庫展解説冊子・2019清林文庫展チラシ

②本渡章所蔵地図より「近畿の聖地名勝古蹟と大阪毎日」

③フリーペーパー「井沢元晴漂泊の絵図師」・鳥観図「古京飛鳥」「近つ飛鳥河内路と史跡」

 

第4回(2021年3月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「大阪湾築港計画実測図」

②本渡章所蔵地図より「大阪港之図」

③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「福山展望図」

④鳥観図絵師・青山大介の作品より「梅田鳥観図2013」

 

第3回(2021年1月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「江戸切絵図(尾張屋版)」「摂津国坐官幣大社住吉神社之図」

②本渡章所蔵地図より「摂州箕面山瀧安寺全図」

③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「小豆島観光絵図」

 

第2回(2020年11月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「メルカトル世界地図帳」「オルテリウス世界地図帳」

②本渡章所蔵地図より「A NEW ATLAS帝国新地図」「NEW SCHOOL ATLAS普通教育世界地図」

③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「大阪府全図(三部作)」

 

第1回(2020年9月)

①東畑建築事務所・清林文庫より「ブレッテ 1734年のパリ鳥観図」

②昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「ふたつの飛鳥と京阪奈」

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●電子書籍のお知らせ

本渡章の著書(古地図・地誌テーマ)のうち、電子書籍になった10冊(2022年末現在)は次の通りです。
(記載の刊行年は紙の書籍のデータです)

『鳥瞰図!』140B・刊(2018年)

思考・感情・直観・感覚…全感性を目覚めさせる鳥瞰図の世界にご案内。大正の広重と呼ばれた吉田初三郎の作品群を中心に、大空から見下ろすパノラマ風景の醍醐味を味わえます。併せて江戸時代以来の日本の鳥観図のルーツも紐解く、オールカラー・図版多数掲載の決定版。

『古地図で歩く大阪 ザ・べスト10』140B・刊(2017年)

梅田・中之島・御堂筋・ミナミ・天満・京橋・天王寺。阿倍野・住吉・十三・大正・平野の10エリアを古地図で街歩きガイド。さらに博物館、図書館、大書店、古書店での古地図探しの楽しみ方、大阪街歩き古地図ベストセレクション等々、盛りだくさんすぎる一冊。オールカラー・図版多数掲載。

*上記2冊は各電子書籍ストアでお求めください

*下記8冊は創元社(オンライン)の電子書籍コーナーでお求めいただけます

『図典「摂津名所図会」を読む』創元社・刊(2020年)

大阪の地誌を代表する「摂津名所図会」の全図版を掲載。主要図版(原寸大)には細部の絵解きの説明文、その他の図版にもミニ解説を添えた。調べものに便利な3種類の索引、主要名所の現在地一覧付。江戸時代の大阪を知るためのビジュアルガイド。

『図典「大和名所図会」を読む』創元社・刊(2020年)

姉妹本『図典「摂津名所図会」を読む』の大和(奈良)版です。主要図版(原寸大)には細部の絵解きの説明文、その他の図版にもミニ解説を添え、3種類の索引、主要名所の現在地一覧も付けるなど「摂津編」と同じ編集で構成。江戸時代の奈良を知るためのビジュアルガイド。

『古地図が語る大災害』創元社・刊(2014年)

記憶の継承は防災の第一歩。京阪神を襲った数々の歴史的大災害を古地図から再現し、その脅威と向き合うサバイバル読本としてご活用ください。歴史に残る数々の南海トラフ大地震の他、直下型大地震、大火災、大水害の記録も併せて収録。

『カラー版大阪古地図むかし案内』(付録・元禄9年大坂大絵図)創元社・刊(2018年)

著者の古地図本の原点といえる旧版『大阪古地図むかし案内』に大幅加筆し、図版をオールカラーとした改訂版。江戸時代の大坂をエリアごとに紹介し、主要な江戸時代地図についての解説も収めた。

『大阪暮らしむかし案内』創元社・刊(2012年)

井原西鶴の浮世草子に添えられた挿絵を題材に、江戸時代の大坂の暮らしぶりを紹介。絵解きしながら、当時の庶民の日常と心情に触れられる一冊。

『大阪名所むかし案内』創元社・刊(2006年)

江戸時代の観光ガイドとして人気を博した名所図会。そこに描かれた名所絵を読み解くシリーズの最初の著書として書かれた一冊。『図典「摂津名所図会」を読む』のダイジェスト版としてお読みいただけます。全36景の図版掲載。

『奈良名所むかし案内』創元社・刊(2007年)

名所絵を読み解くシリーズの第2弾。テーマは「大和名所図会」。全30景の図版掲載。

『京都名所むかし案内』創元社・刊(2008年)

名所絵を読み解くシリーズの第3弾。テーマは「都名所図会」。全36景の図版掲載。

※その他の電子化されていないリアル書籍(古地図・地誌テーマ)一覧

『古地図でたどる 大阪24区の履歴書』140B・刊(2021年)

『大阪古地図パラダイス』(付録・吉田初三郎「大阪府鳥瞰図」)140B・刊(2013年)

『続・大阪古地図むかし案内』(付録・グレート大阪市全図2点)創元社・刊(2011年)

『続々・大阪古地図むかし案内』(付録・戦災地図・大阪商工地図)創元社・刊(2013年)

『アベノから大阪が見える』燃焼社・刊(2014)

『大阪人のプライド』東方出版・刊(2005)

 

●本渡章(ほんど・あきら)プロフィール

1952年大阪市生まれ。作家。(財)大阪都市協会発行時の「大阪人」編集などを経て文筆業に。1996年第3回パスカル短篇文学新人賞優秀賞受賞。短編が新聞連載され『飛翔への夢』(集英社)などに収録。編著に『超短編アンソロジー』(ちくま文庫)がある。その後、古地図・地誌をテーマに執筆。
著書『鳥瞰図!』『古地図でたどる大阪24区の履歴書』『古地図で歩く大阪 ザ・ベスト10』『大阪古地図パラダイス』(140B)『古地図が語る大災害』『カラー版大阪古地図むかし案内』『図典「摂津名所図会」を読む』『大阪暮らしむかし案内』(創元社)など多数。共著に『大阪の教科書』(創元社)がある。

中原一歩さんの「カツ代ばなし」にシビれた12.16

2023年12月21日 木曜日

担当/中島 淳

12月16日(土)は雨がいつ降るか分からないような天気だったが、平日夜のナカノシマ大学に漂う「仕事帰り」的な感じではなく、「休日に出てきました」的な、ちょっと華やいだ空気があった。

ワンショルダーの黒いエプロン、白ブラウス、ピンヒール、そして赤い口紅でさっそうとキッチンに立っていた料理研究家・小林カツ代さんに因んだものだからというのは、間違いなくあると思う。

よく通る声が中之島図書館3階の多目的スペースに響き渡っていた

通常は、「講義資料を投影し、受講者には簡単なレジュメを配布」というパターンだが、「投影」はカツ代さんにちなんだ動画を10分ほど流すだけで、あとは話だけでいきます、と中原さん。

最近は講義内容をパワポで投影、というパターンが多い。それはそれで講師の話す言葉が「プロジェクターの見出しや写真で強調される」ということで分かりやすい。しかし一長一短はある。

というのも、受講者は「画面」にばかり目が行って、肝心の「講師の姿」を見なくなってしまう。照明を落とすことが多いから余計である。当日の中原さんの選択は正しかったと思う。

話が始まったらすぐにみなさん引き込まれた。

1.中原一歩さんと小林カツ代さんの出会い

 

中原さんの『小林カツ代伝 私が死んでもレシピは残る(以下、カツ代伝)』(文春文庫)を読まれた方はご存じだと思うが、この評伝は著者(1977年生まれ)が二十歳の頃、カツ代さんに電話をするところから始まる。用件はとんでもない内容だった。

ピースボートの年越しクルーズ船に乗船してもらい、新年に黒豆を船上で振る舞ってほしい、ただしノーギャラ、ボランティアで……と。しかしカツ代さんは「面白いじゃない、私、行くわ」と即答し、そのあとストーリーが猛烈なスピードで動き出す。けれど読者の一人として私は、この「ホンマかいなの展開」を不思議に思っていた。

筆者の『小林カツ代伝』は肉じゃがを作るそばに置いたりして、もうボロボロである

(普通は、電話を取り次いだ人がこの無茶なリクエストの相手に、『先生は忙しい人なんですよ、無理です!』と言って話を終えるはずなのに、どうしてカツ代さんにつないだのだろうか……?)

その理由もこの講演で明らかになった。

1994年に「料理の鉄人」で陳建一を破って以降、講演や出張料理教室などの依頼が全国から殺到していた。カツ代さんが代表を務めるキッチンスタジオの人たちは依頼内容を彼女に伝え、「OK」が出たらあとは、弟子の本田明子さんをはじめスタッフが依頼者と詳細な打ち合わせをする、という流れで対応していた。

しかし、断らざるを得ない依頼もある。「せっかくのお話ですが……」というときはカツ代さんが直接、電話に出たり訪問客に伝えたりしていた。相手の気持ちをないがしろにしない、律儀な対応をする人だったのだ。

中原さんが電話をした時も、内容を聞いて取り次いだ人(コワい人だと恐れられていた加藤和子さん)はカツ代さんに電話を渡した。通常は「お断りモード」のはずだが、そうはならなかった。

ケニアまで飛行機で行って、インド洋で乗船してもらうということだったんです。動物好きなカツ代さんは、サバンナにも行ける、といった期待もしていたのかもしれませんね。カツ代さんは稼いでおられたから、ノーギャラというのは彼女にとっては重要なことではなかったのでしょう。

わざわざアフリカまで行って、インド洋上で正月に千人分の黒豆を炊くなんて、世界で自分一人しかやらないだろう、ということにわくわくしたのだと思います

カツ代さんは中原さんからの依頼に「ロマン」を感じてOKしたのであろうが、私はそれだけではないと思っている。以前も書いたように、彼の力強い声に、文字通り「ひとつ乗ってみるか」という賭けをしたのではないかと思う(このクルーズの顛末は本書をぜひ読んでください)。

2. 「自己革新」をし続けてきた人の家庭料理哲学

受講者に配布した資料

 

カツ代さんはつねに、“I think”ではなく“I do”の人でした。クルーズの件も即決でしたが、長女のまりこさんが大学受験を控えていた時に、単身で2か月間アメリカに留学するんです、英語の読み書きができないのにもかかわらず(笑)。自分のあたらしい可能性を切り開くためには、躊躇する人ではありませんでした」

彼女の人生哲学は子供時代から一貫して

①興味を持つ ②知識を得る ③行動する ④世界が広がる

ということに貫かれていたという。

中学に入るとマンガを描きはじめ、手塚治虫に手紙を書いたのも(返事も来た!)、専業主婦時代に昼のワイドショーを観ていたらつまらないので「芸能人のゴシップを追うぐらいならお料理のコーナーをつくったらどうですか」と投書したのも(それがきっかけで自らが出演)、すべて同様の行動である。

カツ代さんは調理に際して「お醤油をチャーッとかけて」のような感覚的表現を多用したが、同時に、つねに「理屈」を大事にした。

「カツ代さんの頭の中には常に『?』と『!』の二つの符号がありました。

『?』は『なんでやろ?』『どうしたらいい?』、『!』は『あ、こうなんや』。発見と発明です。カツ代さんにとって、料理は科学、サイエンス(科学)とケミストリー(化学)なんです」

「家庭料理」とは、食べることで命をつなぐ大事なもの。カツ代さんにとっては夫と2人の子供がいる家庭で、時間とのせめぎ合いの中で毎日作り続けねばならないものであったが、いつでも満足できる料理が提供できるわけではない。この悩みが「時短料理」につながった。

「カツ代さんはある時、『料理は残酷や』とつぶやいたことがあります。その中で『おいしい、早い、安い』というところをずっと守り抜いた。家庭料理がレストランの料理と決定的に違うのは、『作る人が食べる人』ということです。天ぷらなら、揚げている人も食卓で熱々を食べるにはどうしたらいいか、と常に考え続けた。そして素材も調味料も、近所のスーパーで手に入るものしか使わなかった。『この料理は石垣島でも作れるかしら?』とよく言っていて、いつでも、どこでも作れるかどうかを常に気にかけていました」

その原則には厳しかったが、ストイックな人ではなく、いつもユーモアを忘れなかった。

「デパ地下で店員さんが『活きのいい車海老が入ってますよ!』と勧めても、カツ代さんは『ありがとう。でも私はいつお亡くなりになったか分からないようなブラックタイガーでいいの』と笑顔でスルーしていました。『塩少々』という表現も『◯グラム』ということではなく、『お焼香の時につまむでしょ? あんな感じ』とレシピ本にも書いていました」

3. 両親と大阪から「祝福」を受けた人が、言葉とレシピで祝福を贈った

投影しなくとも、話に引き込まれる。注意深くノートを取る人も

 

そして、自説に固執することはせず、「自分とは違う見方」を大事にした。

「カツ代さんには「絶対」というこだわりがなく、否定をしない人でした。結婚して東京に移り住んだ頃は甘い玉子焼きや濃いめの味付けが苦手だったそうですが、やがては慣れて、『これはこれで美味しいわよ』と東西両方のいいとこ取りをしていました。また、いつも鉄のフライパンを愛用していましたが、年を重ねると、もっと軽いテフロン加工のフライパンも使い、テフロンならではの料理を考案しました。

それは、否定されることなく育ったからだと思います。裕福な家庭でかわいがられ、ええもんを食べて育ったからこそ、あの味覚が育まれた。大阪・ミナミのカルチャーが小林カツ代を育てたんです。彼女の両親は味覚だけでなく、料理の腕が良かったことも見逃してはいけないと思います。カツ代さんの家庭料理はプロの技術に裏打ちされていました」

食事をすることに対しては、一食たりともおろそかにしない。内容も、その時間も、一緒に過ごす人も大事にした人だからこそ、「食べることを軽んじる人、権力を持ったエラそうな人」とは徹底的に闘った。大阪弁を話すこと、擬音で表現することも押し通したし、一緒に食事をする相手を大事にした。

「行政やテレビ局、出版社などのパーティーなどでカツ代さんがゲストに呼ばれるんですが、大概は、人のぬくもりが感じられないパーティー料理です。カツ代さんはそんな時、夜遅くであろうと僕に『食べ直ししよう』と電話をかけてきて、11時ごろに新大久保のお好み焼き屋に行ったことがありました。ドレス姿で煙モウモウの店に入って、服にも煙の匂いが付くのにお構いなしで、お好み焼きを2枚、汗だくでペロリと食べて『あ〜おいしかった!』なんてこともありました」

カツ代さんが鉄板の前で美味しそうにお好み焼きを食べる姿が彷彿としてくる。

最後に中原さんは、詩を描くことが大好きだったカツ代さんの自作の詩を朗読してくれた。

 らくらくと らくらくと

 料理づくりができたなら

 人生どんなにらくでしょう

 苦しいことや つらいこと

 いっぱい いっぱいあるなかで

 せめて日々のお料理は

 底抜けに 明るく 楽しく作りたい

 まゆにしわ寄せ作るより

 ちょっとインチキしちゃったと

 ウフッと笑って作りたい

 それでも絶対大丈夫

 お味見できる舌を持ち

 おいしく おいしく作ろうと

 思う心と手があれば

(中原一歩『小林カツ代伝 私が死んでもレシピは残る』〈文春文庫〉より)

講座の冒頭、カツ代さん動画の再生中に私のMacが調子が悪くなり、途中で二度ほど途切れてしまった。ほんまにお恥ずかしい限りである。改めて、中原さんをはじめお越しになったみなさまにおわびいたします。申し訳ありませんでした。

中原さんは、隣の席で動画を再生させようと冷や汗をかきながらもがいている私を横目に……

「こちらの中島さんはOsakaMetroのフリーマガジン(Metrono)にカツ代さんのことを書こうと、わざわざ東京まで取材しに来てくれたんです。それで文藝春秋で会うことになったのですが、結局、コメントがたった2行しか生かされていなかった(笑)。この出版不況のご時世に、たった2行のために東京に来られるとは、なんてコスパの悪い!(場内笑)  でも逆にそれだけ信用できる人だ、と思いまして、今日はこちらに寄せていただきました」

11月10日発行『Metrono』第3号。駅員さんにお問い合わせを

自分が送った動画がちゃんと再生されなかったりすると、講師が機嫌を損ねて、それで場の空気が冷えたりすることがよくある。が、中原さんは私の失敗もネタに笑いをとって会場を温めていただいた。さすが40歳上のカツ代さんから「親友」とリスペクトされた人だけのことはある。手練れの対応にひたすら感謝しかない。ありがとうございました(ほんまは2行より、もうちょいありますw)。

会場には、カツ代さんの弟子で料理研究家の本田明子さんもわざわざ東京から受講しに来られていた。講師の中原一歩さんとはもう四半世紀のお付き合いである。本田さんもカツ代さんも登場するNHKの「きょうの料理〜65年続けたらギネス世界記録に認定されましたSP」は12月31日(日)の17:15に再放送される。お見逃しなく。

カツ代さんの姪の浅野貴子さんも、娘のわかなさんと一緒に受講しに来てくださった。貴子さんはカツ代さんの6歳上の姉・節さんの娘である。

「叔母は娘のまりこさんや息子の健太郎くんと同様に、自分の娘のように接してくれました。間違ったことをしていたら人前であろうとどこでも叱られました。今から思うと、それが本当に良かったのだと思います」

娘のわかなさんは料理人の道を志し、オランダでキャリアをスタートさせるという。

そして、西区北堀江にあったカツ代さんの生家が大阪大空襲で全焼し、一家が疎開した堺市百舌鳥からも、筒井家の谷妙さんと、中原さんを筒井家に紹介した辻要子さんがお越しになっていた。お2人は、中原さんが『カツ代伝』を執筆するにあたって7年前に取材した人である。

大阪市内から京都から神戸から北摂から河内から堺から、そして東京からも「カツ代さん好き」の方々が集結した2023年最後のナカノシマ大学は、これにて終了です。

カツ代さんが大好きだった千日前の[純喫茶アメリカン]でもチラシを置いていただいた。松竹のスターたちの公演チラシを差し置いて一等地に。随喜の涙

最後に、中原さんをご紹介いただいて取材にも立ち会ってくれたのみならず、ナカノシマ大学に合わせて『小林カツ代伝 私が死んでもレシピは残る』を会場で販売できるようにお骨折りいただいた文藝春秋の池延朋子さんをはじめ、チラシを置いていただいた飲食店、物販店、行政関係者のみなさまに心よりお礼申し上げます。

では、次回1月30日(火)にお会いしましょう。

どうぞ良いお年をお迎えください!