2021年も明けたばかりの1月4日未明、英国のジョンソン首相は翌5日午後10時から少なくとも2月中旬まで新たなロックダウンを実施すると発表しました。拙著『英国ロックダウン100日日記』(「足止め喰らい日記」改題)に書いた、2020年3月23日からの封鎖、クリスマス前の都市別封鎖に続いて三度目です。

 二度あることは三度ある、というのはホントでしたが三度目の正直という故事もホントであってほしいと切に願います。だって発令された日の感染者数は、その日だけで6万人を超し嬉しくない新記録を達成。死者数もずっと400~500人台だったのが一気に600人を数えましたから。  ええ、もう、ヤバいんです。

 おりしも日本でも一都三県で緊急事態宣言が出されて、てんやわんやの様相ですが、なにしろこちらはその100倍。もはや50人に1人、ロンドンだけでいえば30人に1人がコロナ患者という状態です。そんな100倍ヤバいロックダウンの風景はなにかしら日本にいるみなさんの役に立つんじゃないかと考えて……「足止め喰らい日記」、嫌々乍らReturns です。

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diary 2
入江敦彦の『足止め喰らい日記』 
嫌々乍らReturns

2021.01.20

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1/14-20 英国の一番暗い日

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【春を待ちわびる英国人とワクチン】
 英国の冬は暗い。寒いし、湿気ってるし、曇天や霧が多くて陰鬱どんよりだけど第一印象はまず暗い。面堂終太郎とか泣きだしちゃうよ。北欧とか、あれだけ社会福祉が行き届いてるのに自殺王国なのは、やっぱり延々暗いのが問題なんでしょう。英国でも比率で計算するとイングランドより緯度の高いスコットランドの方が自死率が高い。
 個人的には格別心待ちにしてるわけでもないけれど、そんな鬱々とした季節ときにあるクリスマスという行事は大変によくできているなと感心します。その準備期間も含めて慌ただしさが憂さを忘れさせてくれるからです。だから、というわけでもないけれど祭のあとの寂寥感も含めて新年のお屠蘇気分の冷めた辺りからが英国暮らしはどっこい辛い。
 1月も後半になってくると冬至から一か月経過してそろそろ日照時間延長の実感が生まれるのですが、それまでが超厳しい。わたしはいつも「スノードロップが咲くまでの我慢」だと自分に言い聞かせています。そのあとは途切れることなくミモザ、クロッカス、水仙、プリムラ、ブルーベルと続いて爛漫の春へと英国人たちを導いてくれるからです。
 なのでこの時期、英国の公園は花のシーズン以上に賑わいます。一日でも早く春を見つけたいという気持ちが足を近隣のパークへ向かわせます。特別な花園である必要はない。むしろ日常となるべく地続きであってほしいと彼らは考えています。スーパーの店頭は一束1ポンドのダフィデルで埋め尽くされ厭が応にも春待ち気分を盛り上げてくれます。
 まして今年は猶更なおさら。世界でも最も甚大な被害をウイルスによってもたらされている英国人にとって「春の訪れ」はコロナ禍の終焉とオーバーラップ、いやさメタファーとさえいえるからです。

 ……だから気持ちは分かるんだよね。痛いほど。しかし先週末に歩いた(より正確には買い物帰りに〝抜けた〟だけなんですが)近くの公園風景にはゾッとさせられました。まるでクリスマス前のショッピングアーケードみたいな雑踏なんです。
 誰もマスクをしていない。ソーシャルディスタンス守っていない。あきらかに現在は禁止されている同居人以外の人たちと混じった集団で楽しそうにお喋りしながら闊歩している。これが通常時なら平和で美しい景色。けれどこの状況下では自殺行為じゃないでしょうか。わたし自身はもうしばらくここへ来たくありません。犬の散歩優先でどうぞ。
 公園みたいに人口密度が上っていた場所は例外ですが、散歩しながら垣間見る街の印象はさほど変わりません。静かになったとは思います。が、さほどゴーストタウン化しているようには見えません。シャッター店がかなりあるにもかかわらず活気もなくはない。
 実はちょっとだけ想像してたんですよね。救急車やパトカーのサイレンがひっきりなしに往来するドップラー効果地獄みたいな街を。幸いムロタニツネ象的な悪い予感は当たりませんでした。気にして観察していてこれなんですからコロナ禍でないときと大きな差異はないはずです。
 2020年春のロックダウンと今回の冬封鎖でなにが具体的に異なるのかといえば、これは警察の介入ではないでしょうか。わたしは犯罪者じゃないけど聖人君子でもありません。警察官が横を通り過ぎただけで冷や汗が出るタイプ。はっきりいって苦手です。けれど今回だけは歓迎ムード。
 アンチコロナのデモが蹴散らされて逮捕者も出たって話は先週の日記に書きました。いつもならなんとなく不快感がある件だけど、いまは喝采を送っちゃう。公園でも交通整理みたいに仕切ってくんないかなとか。家の中でパーティしてた連中が踏み込まれて慌てふためく映像をニュースで観てもイケイケGoGo!とか拳を揚げちゃう始末。
 80年代半ばくらいまでの官憲による黒人やゲイに対する〝いやがらせ〟を連想させるのは事実。ただそれらが偏見や差別に基づく純粋な棒力であったのに対して、此度のパトロール強化は市民生活にダメージを与える不届き者への現行犯懲罰なのです。
 米のバイデン新大統領が、国会議事堂に乱入してほしいままの限りを尽くすQアノンをして毅然と「これが#BLMだったら警官たちの態度は違っていたろうね!」と指摘しましたが、まさにそれなんです。公園の群は陰謀論に憑かれた愚か者たちではない。でもその意識の先には自分さえよければという野蛮な思想があります。
 密な空間で酒呑んでウェ~イは、お開きのあと彼らが自分の住処に移動する以上テロ行為と同じなのです。アンチマスクにしてもそう。己の欲望でウィルスを拡散させて他者の生活を奪ってはいけません。ものすごく単純な理論なんですが、なぜか未だに理解できない人がいる。ならば官憲がそういった連中の欲望を規制するのは当然じゃないかしら。

 それにしても冬至から一ヶ月近く経つのに日の長さに実感が湧かないのはどうしたことでしょう。やはり心理的なものかなあ。物理的には当然明るくなってるはずなのに体感が伴わない。これもまた、いやこちらこそが峻厳と容赦ないコロナ禍の、ロックダウンライフのメタファーと申せましょう。
 そういえば昨年のロックダウン時、封鎖になったのが冬だったら滅茶苦茶にしんどかったやろね、考えてもみなはれ、あの閉所恐怖症めく英国の冬時間に蟄居申し渡される気分ったら、そりゃもう息苦しかったやろなー――御明察。
 春到来を阻害し、日が伸びる邪魔をしている要因の最たるものは、やはり変異株になってからの死の傾向が新コロ時代から劇的に変わってしまったことにあるとわたしは考察しています。  妙に悟ったような口調で「人は誰でも死ぬ」とか「寿命やからな」とかって〝老人の病気〟を主張してたやつ、責任者出て来い! と人生幸朗師匠も草葉の陰で怒鳴っておいでです。生恵幸子も「こればっかりは、あんたが正しい!」と同調されています。
 日本は有り難いことに亡くなった人の数そのものがこちらよりぜんぜん少ない。それゆえ可視化し難いかもしれませんが、こちらでは確実に若い人たちが死ぬようになりました。基礎疾患もない働き盛りの男性が重病化したと気づいたときには手遅れで、ぽっくり逝ってしまう。体力があるから軽症で済んでいるかというとそんなこともないようです。  まだはっきりとした数字は政府から発表されていませんが、1月15日にBBCで報道されたところによると、もはや死亡者全体の4分の1が55歳以下なのだそうです。未成年の死亡率はいまだに低いのが救いといえば救いですが、それもなぜならばという明確な理由はようとしたままなのが現状です。
 そりゃまだ夜明けは遠いと感じるわけだ。

  家族や親近者が見守ることも看取ることも手を握ってやることも声をかけてやることさえもできないのがコロナの残酷さ。重篤になったが最後、ひとりで孤独に死んでいかねばなりません。医療は崩壊の危機ではなく、すでに崩壊したあと。先日、一日に9人を看取ったロンドンの病院のナースの談話がニュースでやってましたが、そこまでゆくと何も感じなくなってしまうのかと思いきや逆だそうですよ。
 いまやワクチンのローラー作戦はものすごい勢いです。今週になってからは連日30万人以上が接種を受けている。報道見てると、閉鎖中の教会や映画館も即席のお注射会場になっていて面白い。こんどの週末には全国で500万人に到達する予定です。ロンドンは些か遅れ気味ですが70歳以上のお年寄りの50%がひとまず安全圏に入りました。
 少なくとも英国ではワクチンは効いています。変異株にもです。まだ確実にピークを過ぎたと断言はできませんが、新規感染者が3万人台に収まる日もある。いや、3万人、まだまだ多いんですけどね。日本はまだ手を拱いているようですが、いつまでぐずぐずしているつもりなんだろう。
 実はぐずぐずしている人のお父様とはちょっとだけ面識があったんですが親子でも違うもんですねえ。大丈夫と考えられていた青年、壮年層への伝染が激増しているんだから早くご決断を。ふんぞえり返ってるとウイルスに足元をすくわれかねませんよ。コロナは老獪でっせ。現にあんだけ警戒してた変異株のクラスタもあちこちで発見されてるやおまへんか。
 日本政府が根本的に解ってないのは(まあ、他人事だから理解する気もないんでしょうけど)オリンピックやるやるというだけで合理的な方策が皆無なんですよね。いくら日本人だけが安全でも「ただの風邪」でもガイジンにとっては死に至る病なんですよ。
 この期に及んでワクチンに及び腰で検査数も微々たる国に体が資本のアスリートが来たがるわけがない。症状が出ないだけで保菌している可能性の高い人間がうようよいるかもしんないのにサ。本気で五輪開催したいならイスラエルとは言わないまでも英国ぐらい必死にワクチン接種を「いま」進めないでどうすんの? さほど高額でもない。2,000円以下だよ。シンプルな話だと思いますけどね。
 これは1月17日の京都新聞に掲載されていた記事ですが、昨年末に京都市内で新コロ感染した80代の独居女性が、自宅で入院を待つ間に重症化して肺炎で亡くなられたのだそうです。彼女はご家族に助けを求めたけれど同居ではないから世話をしてあげることもできず、ひたすら病院に電話をかけ、救急車を呼び続けるしかなかった。六日間も!  70代男性も非常に似たケースで入院待ちのすえに手遅れになっています。高齢で基礎疾患があり、顕著な症状が観察され、本人も家族もSOSを出しているのに、どうしてこんなことになるのでしょう。驚くことに年末以降、京都府のコロナ患者向け病床使用率は30%台だそうで、わけがわかりせん。
 実際京都に84歳でマンション独り暮らしの母がいるだけに他人ごとではないのです。週に二度、来て下さるヘルパーさんに頼るしかない。わたし、入国できませんしね。ようは医者不足、看護婦不足ということなんでしょうが、コロナの看病はテクニックや判断力というより人海戦術的なところが大いにあります。英国や欧州各国みたいに医学生や看護婦見習いなんかも総動員して残り70%を稼働できるようにしていただきたいものです。
 知事さん、市長さん、たのんまっせ。維新後、日本で最初の学校を開き、ダムや発電所を築き、路面電車を走らせ、ノーパン喫茶をオープンさせた京都の意地を見せておくれやす。コロナワクチンは京都から! とかなんとかなりまへんのかいな。
 政治というものにすっかり期待しなくなってしまった日本人ですが、ある意味では我が国以上にややこしことになっているアメリカでは4年間続いた混沌がようやく幕を下ろしました。20日の大統領就任式は生まれて始めて通して鑑賞。バイデン新大統領の武骨で不器用な、しかし力強い言葉は期待とまではいかずとも、ちょっと世界を信じたみたくなる感動がありました。
 そこには非常に重要な立場で、これまでは排斥されていた女性が、黒人や有色人種が、アカデミズムが、LGBTが、最年長のリーダーとともに若い知性と才能が微笑んでいました。もしかしたら、たくさんの犠牲は出したけれどコロナ禍も乗り越えられるかもしれないね。そんな気分になりかけたときTV画面下方の帯に速報の文字が飛び込んできました。
【1月20日、コロナによる死亡者1820人に急増。前日19日の1610人に引き続き新記録更新】。
 一ヵ月遅れで一年で一番暗い日がやってきました。春はまだか?! 夜明けはまだか?!

入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns