2021年も明けたばかりの1月4日未明、英国のジョンソン首相は翌5日午後10時から少なくとも2月中旬まで新たなロックダウンを実施すると発表しました。拙著『英国ロックダウン100日日記』(「足止め喰らい日記」改題)に書いた、2020年3月23日からの封鎖、クリスマス前の都市別封鎖に続いて三度目です。

 二度あることは三度ある、というのはホントでしたが三度目の正直という故事もホントであってほしいと切に願います。だって発令された日の感染者数は、その日だけで6万人を超し嬉しくない新記録を達成。死者数もずっと400~500人台だったのが一気に600人を数えましたから。  ええ、もう、ヤバいんです。

 おりしも日本でも一都三県で緊急事態宣言が出されて、てんやわんやの様相ですが、なにしろこちらはその100倍。もはや50人に1人、ロンドンだけでいえば30人に1人がコロナ患者という状態です。そんな100倍ヤバいロックダウンの風景はなにかしら日本にいるみなさんの役に立つんじゃないかと考えて……「足止め喰らい日記」、嫌々乍らReturns です。

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diary 2
入江敦彦の『足止め喰らい日記』 
嫌々乍らReturns

2021.01.27

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1/21-27まさかの日本の神話から学ぶこと

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【「想定外」ってみんな嘘じゃん!】
 1月24日はロンドンで初雪が降りました。翌日の新聞の一面を積雪に遊ぶ子供たちの笑顔が飾り、ひさしぶりに和んだ気持ちで朝を迎えることができました。まあ現実逃避と言われればそれまでで、今週になってもコンスタントにコロナによる死者は千人台を推移しています。この事実には決して馴れてはいけないし、馴れることもないと思いますね。  
 忘れがちですが一年で一番暗い日の翌日は一年で二番目に暗い日なのです。
 25日はビカーッって感じで晴れて、温度もそこそこ上がり、こりゃ雪はみんな消えちゃったかなとお座敷小唄など歌いながら散歩に出たら、なんのなんの日陰や芝生の上にはがっつり白いものが残っていました。路面も溶けたのが氷結して、あちこちにつるんつるんトラップができている。注意深く老人歩き。いや老人なんすけどね。外出するだけなら積もってた方がずっと楽。なにかのメタファーみたい。
 この日、最大のニュースはわたしの屁っ放り腰散歩などではなく、とうとうコロナによる死者が英国で10万人の大台を超したことに尽きます。10万163人。衷心より冥福をお祈りしたいと思います。【冥福】っていい言葉だな。宗教とか関係なく。
 しかし驚いたのはジョンソン首相の謝罪。普段の言動からすると、寛容、雅量、潔さといった気質からは程遠い印象だったので。さすがにショックだったんでしょう「これは政府の責任だ」と公衆の面前で(もちろんTVを通してですが)頭を下げました。
 もっともオフィシャルな陳謝であれば I apologize で始めるべきですし、氷の上を歩くようなつもりで聞けばSorry なのはあくまで被害が拡大してしまったことに対してであって、采配ミスに対してではなかったりするんですが(笑)。それでも滅多にないことではありましょう。これによって後日、彼は責任を追及されることになるのです。
 そして、ふと、日本の政治家たちの顔を思い浮かべるワタクシ。同じような惨事に日本が見舞われたら、あの顔や、この顔はちゃんとみんなに謝れるだろうか? 責任を認められるだろうか? 次の選挙で誰に投票したらいいのか迷ったとき、誰に票を入れても同じだと感じたとき、そんなシミュレーションをしてみるのもいいんじゃないかしらん。
 いま国を切り盛りしている人たちは、たとえば日本に特化した変異株が表れたとして、そのときになにもしてこなかったとしても「誰も予想できなかった」でお茶を濁しちゃうような気がして仕方ありません。東日本大地震のときも想定外の大安売りでした。自分の言葉に責任を持てないのはゴーマンじゃなくて、ただの卑怯者だよな。

 英国と同じくらい酷い状況のアメリカ前大統領は最後まで自分の非を認めませんでしたね。神の恩恵だとまで宣った。バイデンはジョンソンをして〝ミニ・トランプ〟だと評しましたが、ちょっとだけ、ほんの少しだけですがマシだったようです。
 認めたといえばジョンソン首相は1月22日になってようやく〝公式に〟変異株が従来の新コロより致死性が高い可能性があると発表しました。さらには、すでにこれ以外の変異株も広まっているとか。いわんこっちゃない。ていうか、どうして何も知らないのに、何も解らないのに「都合の悪い真実」に目を瞑ってこの伝染病を軽く見ようとする人が多いんだろ?  
 このときは同時に、公衆衛生庁、インペリアル大学、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院などが行った変異株研究の結果結果を、政府の諮問グループ(Nervtag)」が審査したリポートも発表されました。が、あくまで「評価」にとどまったみたい。
 テレビ番組に出て「ワクチンなんな効くわけない」と断言した日本の医者モドキよりはなんぼもマシですが、火を見るまでは認めない! という学者の頑なな姿勢は、こういうすでに煙は見えていて焦げ臭い非常時にどうなんでしょう。被害が小さくて余裕をかましてる日本の専門家が多すぎ。 
 政治家はもとより一般人に影響力のある人がそれじゃ困るんですよね。たとえインスタだろうが。逆張りすれば賢そうに見えるとでも? その高邁なご意見を10万人の亡骸の前で、いやさ世界2019万人の前で、遺された家族や友人たちに向って滔々述べることがおできになりますか? 恥知らず。
 もっとも日本は未だにワクチンについてもやるやる詐欺絶賛実施中。他人事なのは間違いありません。とりあえず10万人死ぬるまで国民は我慢しろってことらしい。まあ、保守系の政党の根本にあるのは同質のイデオロギーなので日本だけが特殊なわけでもないんですけどね。「(気が)緩んだらそこで試合終了ですよ」と安西先生も言っておられます。



 とりあえず英国は首の皮一枚で繋がってるような状態ですから、変異株には効かないんじゃ?とか、EU離脱で足りなくなるんじゃ? とか、不安材料が次々入ってきても一日35万人規模でまかまかまんまんワクチン接種が続いています。
 副作用の話なんかはいいんですよ。なにかといえば「地獄に堕ちるわよ!」と人の不安を食い物にしてた占い師と同じような与太だから。けれど政府の首席科学顧問、パトリック・ヴァランス卿が「南アフリカとブラジルで発見された変異株についてはワクチンの効能に懸念がある」と談話を発表したときはかなり焦りました。しかし焦っても前進あるのみ。
 27日の段階で744万7199人が一度目の、47万6296人が二度目の注射を済ませました。  ロックダウンのおかげで(としか考えようがない)感染者数はピークを過ぎたようですが、2週間といわれているワクチンの効果をいまは待つばかり。少なくともプラトーを迎えてほしいところです。
 解析は進んでいますがなぜ罹ったのかの明らかな傾向がここにきて見えてこないのにも焦燥を覚えます。クリスマスにウェ~イ! してない人でも、どこからか貰っちゃってたりする。変異株という言葉を知る前、わたしはシン新コロナと呼んでいましたが、まさに第二、第三、さらにはそれ以上に猛スピードで進化していくウィルスの性質が話をややこしくしています。カオスもいいとこ。
 毎日のように繰り返されるウィルスとワクチンの鼬ごっこを追っていて気づいたことがあります。ああ、これって、あれに似てるんだ。というか、ほぼ相似のプロットじゃないか。――あれとは即ち比較神話学でいうところの【失敗型オルフェウス神話】というやつです。また入江が変なことを言い出しました。
 えっとね、諸星大二郎ファンならば「カウナギとナミテ」、あるいは大概の日本人にとっては「伊弉諾イザナギ伊弉冉イザナミ」の黄泉比良坂神話と書いたほうが伝わりやすいでしょうか。
 イザナミの没後、愛妻に会いに死者の国「黄泉」へ降りたイザナギは、そこで彼女を発見して連れ帰ろうます。しかし「決して振り向くな」という禁を破った彼は、そこに悍ましい姿になり果てた妻をみつけて逃げ出します。冥府の邪鬼、黄泉醜女よもつしこめを従え葦原中津国(地上)へ通ずる洞穴を遁走するイザナギ、追走するイザナミ。なんとか振りきったイザナミは大岩を引いて坂道を塞ぎます。
 大岩の向こうでイザナミはおら びます。
「愛しい人よ! かように情のない仕打ちをなさいますか。ならばこの身は彼岸に留まり此岸の住人を1日千人も殺してやりましょう」
 それを聞いてイザナギは亡妻にかく叫ぶのでした。 「愛しい人よ! ならばわたしは産屋を建てて此岸の女たちに1日千と500人の子を産ませましょう」
 かくてイザナミはこれより黄泉の主宰神となり、黄泉津大神、道敷大神と呼ばれるようになりました。――と、これが【失敗型オルフェウス神話】。世界中の神話に類似した物語を見つけることができます。
 わたしが学んだ比較神話学なるものは、それこそアンチ・アカデミズムや陰謀論で凝り固まって日本学術会議を攻撃しているような連中からしたら不要の極み、屁のツッパリにもならないような学問ですが、人類の集合知を研究するうえで欠くべからざる存在です。何千年も昔に編纂された荒唐無稽な物語が教えてくれることのなんと多いことか。   

 もう、とうにお気づきとは思いますが、1000人、1500人の下りは、まんまコロナ死とワクチン接種の追いつ追われつの拮抗の縮図であるように思えます。都市(集落)へ続く道の傍に置かれ”悪いもの”の侵入を塞ぐ比良坂大岩=道敷大神=塞神は、まさにロックダウンの手法とオーバーラップします。イザナミに煽られた黄泉醜女が大群となって襲ってくる有様は英国に限らず欧州各地で活発化するレイヴや違法パーティのあさましさにそっくり。
 けれど、わたしが実に面白いなと感じるのは呪的逃走です。イザナギ(に相当する神)が追ってくるイザナミ(に相当する神)とその眷属に向かって物を投げ(多くは三種、あるいは三個、三枚)、それが変化して追跡を妨げるというモチーフ。
 日本神話『古事記』では髪を結ぶ蔓草を投擲するとそこには葡萄が生え、黄泉醜女がそれを貪る間にイザナギは差を広げます。それでもなお諦めないので、こんどは髪にさした櫛を折って棄てると、これは筍になって黄泉醜女は抜いては喰い抜いては喰いを始めます。それでも追蹤をやめないイザナミ一行に逐われたイザナギ、なにをしたかというと必殺技の放尿だ! それはたちまち大河となって彼は逃げ果すことができた……というエピソードです。
 わたしは蔓、櫛、小便の三種がマスク、手洗い、社会距離の三つである気がして仕方がありません。とりわけ〝距離〟が重要な役目を果たす尿の川とソーシャルディスタンスは非常に共通するものがありますね。近づきすぎると尿=穢れによって押し流されてしまうという寓意は偶然の一致というにも似通りすぎています。適切な距離感は人類を救うのです。
 1月23日、武漢のロックダウンから今週で一年が経ちました。いまだにわからないことだらけの新コロ&変異株。渋り続けていた中国政府がようやくWHOの新型ウイルス起源調査団現地入りを許可したのは寿ぐべきでしょう。これは先週ですがBBC取材班も18日に湖北省入りしています。どんな小さなヒントでもいいから対策に繋がるものを発見してほしいと願わずにおれません。
 まあ、死者200人を越す列車事故の翌朝に解体車両を地中に埋めて「なかったこと」にしちゃう国なのでどうなっていることやらとは正直思いますが。
 わたしは嫌中でも嫌韓でもなんでもありませんが、新コロの流行について伝えた市民ジャーナリストが禁錮刑に処される国がまともだとは思えません。やはりパンデミックの報道を行った中国人ジャーナリスト陳秋実氏が政府によって自由を剥奪されて監視下にあるなんてのも、まともな国の所業ではない。どれくらいまともでないかといえば嫌中嫌韓のヘイト活動を看過している国と同じくらいまともじゃないと考えています。
 コロナウィルスは中国が開発した細菌兵器だー!反日ガー! とか本気で信じてる陰謀論者のみなみな様方が〝納得できない〟リポートがあがってくるのを楽しみに待っています。きっとそれはアメリカが中国を陥れるために責任を被せようとしている……とか習近平を盲信している中国人たちも絶対に納得いかない報告でしょうから。

入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns