2021年7月16日・本渡章より、これをお読みのみなさまへ。
【今回の目次】
■7月の古地図サロンのレポートと次回予定
●最近と今後の古地図活動(講座・イベント・出版など)
★古地図ギャラリー第6回
①東畑建築事務所「清林文庫」コレクション〈その6〉
②本渡章所蔵地図より〈その5〉
③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図〈その6〉
■古地図サロンのレポート
開催日:7/16(金)午後3時~5時 大阪ガスビル1階カフェ「feufeu」にて
皆さま、お元気でいらっしゃいますか。御堂筋にも猛暑の夏がやって来ました。日傘をさす人、日陰の側を行く人の姿が目につくなか、今回は8月の終戦記念日を前に戦時期の地図をテーマに特集してみました。
皇紀2600年とされる昭和15年(1940)発行された「大東亜共栄圏詳図」は週刊誌の付録。表紙は漫画タッチでアジアの国々の風物を描き、大東亜と呼ばれたエリアの広さに今さらながら驚かされます。戦中は日本の地図会社が日本統制地図という一社に統合され、軍事施設や港湾などの防衛情報が検閲の対象になりました。
昭和17年(1942)に日本統制地図が発行した最新大阪全図は重々しい雰囲気の表紙に検閲のマークが生々しく、大阪城とその周辺になった軍事施設が消されています。中面に載っている近畿名所交通地図と題された観光案内図にも史跡を戦意高揚に結びつける意図が反映されています。
見て楽しいものではないけれど、戦前、戦中の地図に漂う時代の空気を感じる経験は、いつかまた同じ道を歩まないために持っておいたほうがいいでしょう。戦争に関する資料や書籍はたくさんありますが、地図は視覚に直接訴えるだけに記憶に残るものがあるでしょう。
戦後の発行ですが、井沢元晴の鳥観図2点を並べたのは、絵図師・井沢元晴誕生の背景に戦争体験があるからです(古地図ギャラリーのプロフィル参照)。歴史の地、飛鳥をくまなく歩いて描いた緑ゆたかな史跡群の風景を見た後、空襲による焼失地域を示す赤色で覆われた昭和21年(1946)大阪市街図を広げると、赤く塗りつぶされた場所に何があったのかを思わずにはいられません。
テーマは重いですが、サロンは今回も明るい歓談の輪があちこちにできました。来場の方が持ち込んだ戦前の地図に、船場の街角の公衆便所が載っていて、現在も同じ場所に公衆トイレがあるとの証言が飛び出して盛り上がる場面がありました。こんな話題で笑いあえる平和が明日も続きますように。
会場のカフェ「feufeu」のスタッフ手作りの可愛いPOPにも和ませていただきました。ありがとうございます。というわけで、皆さまとまたサロンでお会いできるのを楽しみにしております。
◉今回のサロンで展示した古地図
《原図》
東京日日新聞「日露戦争地図」明治37年(1904)
京都武揚社「第十六師団機動演習地図」大正元年(1912)
和楽路屋「皇陵参拝全図」昭和5年(1931)
大阪毎日新聞社発行「近畿の聖地名勝古蹟と大阪毎日」昭和初期
大阪毎日新聞社編「中支戦局詳解地図」昭和12年(1937)
サンデー毎日編「大東亜共栄圏詳図」昭和15年(1940)
大阪師団経理部「大阪師管内里程図」昭和16年(1941)
日本統制地図「最新大阪全図・附近畿名所交通地図」昭和17年(1942)
文部省「初等科地図・上」昭和18年(1943)
地文社「戦災焼失区域明示大阪市地図」昭和21年(1946)
井沢元晴「古京飛鳥」
井沢元晴「近つ飛鳥河内路と史跡」
◉次回は9/24(金)15:00~17:00の予定
サロンは今後も奇数月の第4金曜開催(祝日と重なる場合は変更します)。会場は御堂筋の大阪ガスビル1階カフェにて。私の30分トークは16:00頃からです。サロン参加は無料(ただしカフェで1オーダーして下さい)。途中参加・退出OK。必ずマスク着用のこと。新型コロナウィルスの状況によって中止になる場合は、この場で事前にお知らせいたします。
■最近と今後の古地図活動
●読売新聞に記事掲載
6月21日付読売新聞朝刊「大阪ひと語り」欄に、「区の成り立ち綿密検証」と題して、新刊『古地図でたどる大阪24区の履歴書』(140B)にまつわるインタビュー記事が掲載されました。取材・撮影は前回5月28日の古地図サロンにて。
●動画番組第1回、近日発信
大阪コミュニティ通信社(大阪市此花区)制作の動画番組がはじまります。新刊『古地図でたどる大阪24区の履歴書』をもとに「大阪の区150年の歩み」を語るシリーズの第1回はすでに撮影完了。近日公開の予定。その後、番組は大阪の24区をめぐっていきます。
●朝日カルチャーセンター中之島での講座
8/27・9/24 各日10:30~12:00「古地図地名物語」(港区・大正区)
10/25・11/8 各日10:30~12:00古地図講座(教室)と町歩き(高槻の西国街道・上宮天満宮など)
・問い合わせ/06-6222-5222または朝日カルチャーセンター中之島で検索
●延期されたナカノシマ大学は9月25日開催予定
緊急事態宣言で延期された5月のナカノシマ大学は「古地図トピックス ザ・ベスト10」と題し、内容も改めて9/25(土)10:00〜11:30の日程で実施されます。これまでの古地図サロンで公開された約300点の古地図から選んだベスト10の紹介と解説など。会場は中之島図書館・多目的ホール。
※前回予告した清林文庫コレクションの特別展示は別企画として来年度に開催予定。
|古地図ギャラリー|
1.石川流宣「日本海山潮陸図」「日本国全図」
(東畑建築事務所「清林文庫」より・その6)
東畑建築事務所(大阪市中央区)所蔵「清林文庫」の逸品古地図をご紹介するシリーズも6回目。スタートから早や一年が過ぎようとしています。今回からはしばらくの間、江戸時代の作品を主にとりあげていきたいと思います。
最初に登場するのは石川流宣(りゅうせん)の「日本海山潮陸図」。元禄4年(1691)の初版以後の100年間で30回近くの版を重ね、江戸時代中期に最も広く流布した日本地図でした。石川流宣は菱川師宣の弟子だった浮世絵師。この図が人気を博したのは、彩色の美しさで地図に視覚的な魅力を加えたことが、まず挙げられます。図中に盛り込まれた豊富な情報が、さらに人々の興味をかきたてました。
大坂周辺の部分図を見れば、地名だけでなく各地の領主の名前、石高が記されているのがわかります。領主の交代などの情報が、版を重ねるごとに更新されたのも、息長く人気を保った理由でしょう。城や社寺、山々、船の絵も描きこまれ眺める楽しさもたっぷり。清林文庫所蔵の「日本海山潮陸図」は元禄10年(1697)版。
同文庫には、享保15年(1730)版の「日本国全図」と題された石川流宣作の二色刷りの図があり、内容は日本海山潮陸図と基本的に同じです。掲載した部分図は南海域で日本各地の一宮一覧表が載り、その横に羅列国・女嶋が記されています。羅列国は一般に羅刹(らせつ)国と表記され、悪鬼の住む国の意。羅刹は転じて仏教の守護神にもなります。伝承も入り混じった日本地図を広げて、江戸時代の人々は海の向こうの世界にも想像を広げたのです。浮世絵師で地図作者の石川流宣(1661頃~1721頃)は、浮世草子作家としても活躍した多才な人。流宣が世に出した日本地図は「流宣日本図」あるいは「流宣図」と総称され、地図史に大きな足跡を残しました。
☆東畑建築事務所「清林文庫」
創設者東畑謙三が蒐集した世界の芸術・文化に関する稀覯本、約15,000冊を所蔵。建築・美術工芸・絵画・彫刻・考古学・地誌など分野は幅広く、世界有数の稀覯本コレクションとして知られる。古地図に関しても国内外の書籍、原図など多数を収め、価値はきわめて高い。
2.「大阪師管内里程図」(本渡章所蔵地図より・その5)
今回の古地図サロンで公開した図からひとつ取り上げました。大阪城にあった陸軍第四師団の経理部が昭和16年(1941)に作成した「大阪師管内里程図」です。
第四師団の管轄域の街々の間の距離を細かく記した地図を大型の冊子にまとめたもので、鉄道関係の資料付き。一般の地図帳とは明らかに趣の異なる図集です。異色さにひかれて、著書『続々・大阪古地図むかし案内』に掲載したものの当時は何の目的に使われたのかがわからず、冊子の内容をそのまま紹介するしかできませんでした。
その後、読者から頂いた資料を拝見して、この冊子は戦時中に陸軍経理部が物資輸送などの経費算出に用いた資料だったとの推定に至りました。移動距離を目安に経費の概算を割り出していたと考えられるのです。正確さには欠けますが、膨大な業務の迅速な処理には有効。戦時中であり、陸軍経理部の感覚は民間とは異なっていただろうことを想像すると、あり得る話に思えます。
冊子は少々の扱いでは破れそうにない分厚く頑丈な紙を用い、現在の印刷物では見られなくなった袋綴じで製本されています。飾り気のかけらもない表紙(写真)も、戦中という時代の一面を静かに語っています。
3.「倉敷美観地区絵図」
(鳥観図絵師・井沢元晴の作品より・その6)
鳥観図絵師・井沢元晴の作品シリーズ。今回は倉敷美観地区絵図をとりあげます。
倉敷美観地区は市の条例で1969年に定められました。伝統的な建造物群と美しい街並みを次代に受け継いでいく試みが実を結び、現在も倉敷は有数の観光と文化の街として広く知られています。
絵図を4分割したうちの3つを掲載しました。中央が大原美術館、大原邸、東洋美術館、染色館、陶器館、板画館、新渓園などの名が図中に記されています。江戸時代は天領として発展し、明治以後は倉敷紡績とともに近代的な街並みに生まれ変わりました。昭和5年(1930)誕生の大原美術館は日本初の私設西洋美術館としてあまりに有名。エル・グレコ、ゴーギャン、モネ、マチスなどの名作を揃えて、倉敷を象徴する施設になっています。
絵図は美観地区の街並みを俯瞰しながら、ひとつひとつの建物を丁寧に写し取っています。これまで見てきた井沢元晴の鳥観図は街と山河が大きな風景の中で溶け合っていく構図が魅力でしたが、この絵図では街が主役になりました。分割図の左側には倉敷紡績の工場、センター街、国際ホテルが見えます。
中央は大原美術館をはじめ文化施設群、右側は江戸時代の倉敷に水運で繁栄をもたらした倉敷川が流れ、倉敷考古館が建っています。倉敷は戦中の空襲を免れました。米軍側の資料によると倉敷にも空襲の計画があり、戦争がもう少し続けば被災していたとのこと。絵図に描かれたのは江戸時代から連綿と続く街の歴史の姿です。
☆鳥観図絵師・井沢元晴
井沢元晴は戦後から昭和末までの約40年間に、日本各地を訪ねて多くの鳥観図を描き、昭和の伊能忠敬とメディアで紹介されました。活動の前半期にあたる戦後の20年間は「郷土絵図」と呼ばれた鳥観図を作成。その多くは、子供たちに郷土の美しさを知ってもらいたいとの願いをこめて各地の学校に納められ、校舎に飾られました。学校のエリアは主に西日本です。「郷土絵図」の活動は60年代半ばまで継続し、新聞各紙にとりあげられました。
★過去の古地図ギャラリー公開作品
第5回(2021年5月)
①2007清林文庫展解説冊子・2019清林文庫展チラシ
②本渡章所蔵地図より「近畿の聖地名勝古蹟と大阪毎日」
③フリーペーパー「井沢元晴漂泊の絵図師」・鳥観図「古京飛鳥」「近つ飛鳥河内路と史跡」
第4回(2021年3月)
①東畑建築事務所・清林文庫より「大阪湾築港計画実測図」
②本渡章所蔵地図より「大阪港之図」
③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「福山展望図」
④鳥観図絵師・青山大介の作品より「梅田鳥観図2013」
第3回(2021年1月)
①東畑建築事務所・清林文庫より「江戸切絵図(尾張屋版)」「摂津国坐官幣大社住吉神社之図」
②本渡章所蔵地図より「摂州箕面山瀧安寺全図」
③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「小豆島観光絵図」
第2回(2020年11月)
①東畑建築事務所・清林文庫より「メルカトル世界地図帳」「オルテリウス世界地図帳」
②本渡章所蔵地図より「A NEW ATLAS帝国新地図」「NEW SCHOOL ATLAS普通教育世界地図」
③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「大阪府全図(三部作)」
第1回(2020年9月)
①東畑建築事務所・清林文庫より「ブレッテ 1734年のパリ鳥観図」
②昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「ふたつの飛鳥と京阪奈」