2021年9月24日・本渡章より
【今回の見出し】
■9月の古地図サロンレポートと次回予定
- 最近と今後の古地図活動
- 古地図ギャラリー第7回
①東畑建築事務所「清林文庫」コレクション〈その7〉
②本渡章所蔵地図より〈その6〉
③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図〈その7〉
■古地図サロンのレポート
開催日:9月25日(金)午後3~5時 御堂筋の大阪ガスビル1階カフェ「feufeu」にて。
皆さま、お元気でいらっしゃいますか。すっかり秋になりました。
今回は明治時代の地図を中心に江戸時代の絵図の復刻版をまじえて展示してみました。明治の地図は1点を除いて今から百年以上前に発行された原図(発行年当時のオリジナル版)です。明治の地図は江戸時代の絵図の面影があったり、当時の作成者の思い入れあるグラフや解説文が載っているものが多く、楽しめます。いっしょに地図を覗き込みながら、こんな数字が載っている、こんなことが書いてあると語らえるのがサロンのいいところ。明治末期の「実地踏測大阪市街全図」の大阪の富力をコインの大きさや煙突の高さで示したグラフなど、この時代の活気をうかがわせます。地図ではないものも1点。明治前期の定宿帳の表紙に記してある大阪屋庄蔵がいったい何の店なのか、みんなで想像をたくましくしたのも面白いことでした。
いつもは展示を原図(発行年どおりのオリジナル版)で揃え、原図をもとに作りなおした復刻版は参考に見ていただくだけでしたが、この日は復刻版にも注目が集まりました。表紙付きでサイズも大きな復刻絵図3点は情報量が多く、凡例や縮尺など江戸時代の地図の見方を含めて、いくつも質問をいただきました。かつての日本の街道筋を網羅した「諸国道中大絵図」は、付録の道中用心集が愉快。船酔いした時には童子の*を飲むと治るなどスゴイことが書いてあります(*が何かは想像してください)。復刻版は原図より取り扱いがしやすい利点もあり、そのうちにまた展示に加えてみたいと思いました。
というわけで、皆さまとまたサロンでお会いできるのを楽しみにしております。
◉今回のサロンで展示した古地図
《原図》
改良大阪明細全図 附堺・奈良・西京・神戸兵庫市街図 中島徳兵衛 明治20年(1887)
大演習枢要地図 中村鐘美堂 明治31年(1897)
大阪市新地図 附神戸市全図・堺市全図及び第5回内国勧業博覧会会場予定地 駸々堂 明治35年(1902)
実地踏測大阪市街全図 和楽路屋 明治43年(1910)
大阪屋庄蔵・引合定宿 明治16年(1883) ※この図版は地図ではなく定宿帳。
倉吉市と周辺 文化遺跡絵図 作・井沢元晴 昭和58年(1983)
《復刻》
新町名入大阪市街全図 大阪市役所 明治33年(1900)
新板摂津大坂東西南北町嶋之図 大和屋 元禄年中
新撰増補大坂大絵図 諸大名御屋敷・堂社仏閣絵入 林氏吉永 貞享4年(1687)
辰歳増補大坂図 元禄元年(1688)
諸国道中大絵図(大日本行程大絵図) 附道中用心集・集印帳 江戸時代末期

★次回は2021年11月26日(金)午後3~5時開催の予定。
会場は御堂筋の大阪ガスビル1階カフェにて。私の30分トークは午後4時頃からです。サロン参加は無料(但し、カフェで1オーダーして下さい)。途中参加・退出OK。必ずマスク着用のこと。
(サロンは今後も奇数月の第4金曜開催。但し、祝日と重なる場合は変更します。)
*コロナの状況により開催中止の場合は、事前にこの場でお知らせします。
【最近と今後の古地図活動】
●動画番組、スタート
大阪コミュニティ通信社(大阪市此花区)制作の動画番組がはじまりました。『古地図でたどる大阪24区の履歴書』をもとに「大阪の区150年の歩み」を語るシリーズとして順次公開していきます。現在、イントロに当たる回が公開中。古地図サロン会場での動画と併せてご覧になれます。(検索:大阪コミュニティ通信社)
●ナカノシマ大学「古地図トピックス ザ・ベスト10」開催
9月25日午前10~11時30分、中之島図書館・多目的ホールにて開催。古地図サロンで公開してきた約300点の古地図から選んだベスト10の紹介と解説など。特別展示として飯塚修三氏所蔵の天保年間作成の古地球儀、井沢元晴作の飛鳥鳥観図2点もご覧いただきました。(検索:ナカノシマ大学)


●「伊丹人」で執筆・監修
伊丹市の歴史と文化をテーマにした冊子「伊丹人」に2頁執筆と監
●朝日カルチャーセンター中之島での講座予定
10月25日(月)・11月8日(月) 各午前10~12時 古地図講座(教室)と町歩き(高槻の西国街道・上宮天満宮など)
12月17日(金)午前10時30分~12時 江戸時代の地図絵師と伊能忠敬の系譜
(検索:朝日カルチャーセンター中之島)
|古地図ギャラリー|
1.【石川流宣・江戸図鑑綱目坤】【遠近道印・江戸大絵図】
東畑建築事務所「清林文庫」より〈その7〉
石川流宣(りゅうせん)は前回に続いての登場。掲載したのは江戸の町絵図を代表する逸品「江戸図鑑綱目坤」です。江戸の地理・風俗・伝承などをまとめた地誌「江戸図鑑綱目乾」(書籍)と坤・乾の対で作成され、現在も復刻版が出回るなど、時代を越えた人気があります。掲載の2図はそれぞれ江戸城(図中の御城)の北側、南側の部分図。南側で御三家の尾張、紀伊、北側で水戸の大きな屋敷が存在感を示し、周囲の武家屋敷群に格の違いを見せつけています。主な大名屋敷は家紋入り。有名寺社は境内の絵入り。海には帆船や御座船が描かれています。前回紹介した「日本海山潮陸図」と同様に彩色の美しさと武家屋敷や寺社、名所など情報量の豊かさが魅力です。初版は元禄2年(1689)。掲載図は元禄8年(1695)版。版を重ねて流布しました。
石川流宣の図とは趣の異なる江戸の町絵図もご覧ください。掲載したのは、宝永元年(1704)刊の「改正分間江戸大絵図」より、江戸城周辺の部分図。作者の遠近道印(おちこちどういん)(1628~1710頃)は石川流宣とともに江戸中期に一世を風靡した絵図師。富山藩医を務めつつ、蹴鞠名人の藤井半知(はんち)と同一人物ともいわれ、異色の経歴で知られます。この図は題名に「改正」とあるとおり、寛文5年(1665)出版の「新板江戸大絵図」の改訂版。浮世絵師でもあった石川流宣の美麗な筆致と比べると地味に見えますが、地図としての正確さを第一に道筋や街区を描いた初の刊行江戸図との評価を得た作品。遠近道印はその後も優れた絵図を世に送り、図翁と讃えられました。
石川流宣、遠近道印の没後、次の世代の絵図師として長久保赤水(せきすい)が活躍し、江戸後期には伊能忠敬が登場します。江戸時代の地図といえば、赤水図と伊能図(古地図ギャラリー第5回の清林文庫展チラシ参照)がまず挙げられますが、その前に道を拓いた石川流宣、遠近道印の名を忘れるわけにはいきません。流宣と道印、個性の異なる2人の作に描かれた船が、筆一本で地図の世界に漕ぎ出した絵師の夢を乗せて浮かんでいます。
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東畑建築事務所「清林文庫」は、同事務所の創設者東畑謙三が蒐集した世界の芸術・文化に関する稀覯本、約15000冊を所蔵。建築・美術工芸・絵画・彫刻・考古学・地誌など分野は幅広く、世界有数の稀覯本コレクションとして知られる。古地図に関しても国内外の書籍、原図など多数を収め、価値はきわめて高い。

2.【改正摂津大坂図】
本渡章所蔵地図より〈その6〉
「改正摂津大坂図」は天保13年(1842)に浪花書林・石川屋和助から刊行されました。数多い江戸時代の大坂町絵図のひとつですが、この時期に作成された絵図ならではの特徴で存在感を発揮しています。掲載の部分図をご覧ください。大阪湾に向かって突き出た天保山が、地図の上でも四角い枠から出っ張った継ぎ足しで描かれています。出っ張りの継ぎ目に紙を貼り合わせた跡があり、天保山の部分が別途に刷られて継ぎ足されたのだとわかります。天保山は安治川の浚渫で出た土砂で生まれた人工の山。天保年間(1831~45)にできたので天保山です。江戸時代は夏の船遊び、冬の雪見で名高く、北斎、広重の浮世絵にも描かれる景勝地でした。話題の新名所を入れた絵図を売り出したい版元が、取り急ぎ天保山のところだけ版を作り、旧版に継ぎ足した結果、写真のような出っ張り絵図が世に出たわけです。改版に手間がかかる木版印刷の難点を補った江戸時代的合理主義といえるでしょう。天保以後の一時期、大坂の町絵図では「改正摂津大坂図」と同様の天保山出っ張り型の例が他にも見られます。江戸時代の各地の町絵図を見渡しても筆者の知る限り、同様の例は見当たりません。現代の地図でもお目にかからない凸凹スタイルは、この時期の大坂町絵図に特有の現象だったのかもしれません。
安政元年(1854)9月にロシアの軍艦、ディアナ号が天保山沖に出現した時は黒船騒動となり、天保山に砲台が築造されて、各藩が警備にあたりました。明治元年(1868)には明治天皇の大阪行幸があり、天保山で日本最初の観艦式を挙行しています。近代日本の国家的大事業となった大阪港建設も天保山を中心に進みました。天保山は江戸時代と近代のつなぎ目となる特別な場所に成長していったわけですが、その目で見れば「改正摂津大坂図」の出っ張りは天保山の未来を予見していたかのようにも思えてきます。

3. 【倉吉市と周辺 文化遺跡絵図】
鳥観図絵師・井沢元晴の作品より〈その7〉
鳥観図絵師・井沢元晴の作品シリーズ。今回は「倉吉市と周辺 文化遺跡絵図」をとりあげます。倉吉は古代の伯耆国府の所在地で、中世以後は山名氏の居城を仰ぐ市町として栄え、江戸時代には池田氏の鳥取入府以後、陣屋町となりました。現在も鳥取県の主要都市に数えられる倉吉で、井沢元晴は土蔵を改造した仕事場を活動拠点としていた時期がありました。掲載図は昭和58年(1983)の刊行。晩年の円熟した画風が見られます。
倉吉市街の史跡と文化施設が中心に描かれています。湾曲する川筋に抱かれた盆地に市街はあり、周辺は緑の山並みが何重にも連なって海へと続きます。古墳や歴史のある神社、寺院が広範囲に散りばめられ、間を縫うように鉄道や道路が走っています。下方の海には日本海と記してあり、絵図が北を下にしているのがわかります。上方の遠くに出雲市の文字が見えます。通常の地図とは南北を逆にした意図は何でしょう。絵図の全体を見渡すと、前景に細長く日本海が横たわり、後景には彼方まで山々がのびています。手前に海浜、背後に山並み、その中間に街の営みを描くのは江戸時代の名所絵の定番の構図です。日本の街の多くは山を望む沿岸にひらけ、この構図で描くのが最も美しく映えるのをかつての絵師たちは知っていました。井沢元晴はそんな昔の絵師の智恵を盆地の街の倉吉絵図に復活させたのだと思います。
倉吉というと、大阪の方には江戸時代の大坂で米市をひらいた豪商・淀屋ゆかりの街として記憶されているかもしれません。地元で発行されたリーフレットによると、市の最古の町屋建築となった倉吉淀屋の屋敷は、全国的にも類例のない垂木構造の屋根を持ち、文化財に指定されているそうです。
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鳥観図絵師・井沢元晴(1915~1990)は戦後から昭和末までの約40年間に、日本各地を訪ねて多くの鳥観図を描き、昭和の伊能忠敬とメディアで紹介されました。活動の前半期にあたる戦後の20年間は「郷土絵図」と呼ばれた鳥観図を作成。その多くは、子供たちに郷土の美しさを知ってもらいたいとの願いをこめて各地の学校に納められ、校舎に飾られました。学校のエリアは主に西日本です。「郷土絵図」の活動は60年代半ばまで継続し、新聞各紙にとりあげられました。

★過去の古地図ギャラリー公開作品
①東畑建築事務所・清林文庫より「石川流宣・日本海山潮陸図」「石川流宣・日本国全図」
②本渡章所蔵地図より「大阪師管内里程図」
③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「倉敷美観地区絵図」
第5回(2021年5月)
①2007清林文庫展解説冊子・2019清林文庫展チラシ
②本渡章所蔵地図より「近畿の聖地名勝古蹟と大阪毎日」
③フリーペーパー「井沢元晴漂泊の絵図師」・鳥観図「古京飛鳥」「近つ飛鳥河内路と史跡」
第4回(2021年3月)
①東畑建築事務所・清林文庫より「大阪湾築港計画実測図」
②本渡章所蔵地図より「大阪港之図」
③鳥観図絵師・井沢元晴の作品より「福山展望図」
④鳥観図絵師・青山大介の作品より「梅田鳥観図2013」
第3回(2021年1月)
①東畑建築事務所・清林文庫より「江戸切絵図(尾張屋版)」「摂津国坐官幣大社住吉神社之図」
②本渡章所蔵地図より「摂州箕面山瀧安寺全図」
③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「小豆島観光絵図」
第2回(2020年11月)
①東畑建築事務所・清林文庫より「メルカトル世界地図帳」「オルテリウス世界地図帳」
②本渡章所蔵地図より「A NEW ATLAS帝国新地図」「NEW SCHOOL ATLAS普通教育世界地図」
③昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「大阪府全図(三部作)」
第1回(2020年9月)
①東畑建築事務所・清林文庫より「ブレッテ 1734年のパリ鳥観図」
②昭和の伊能忠敬・井沢元晴の鳥観図より「ふたつの飛鳥と京阪奈」








2021年7月16日・本渡章より、これをお読みのみなさまへ。
皇紀2600年とされる昭和15年(1940)発行された「大東亜共栄圏詳図」は週刊誌の付録。表紙は漫画タッチでアジアの国々の風物を描き、大東亜と呼ばれたエリアの広さに今さらながら驚かされます。戦中は日本の地図会社が日本統制地図という一社に統合され、軍事施設や港湾などの防衛情報が検閲の対象になりました。
テーマは重いですが、サロンは今回も明るい歓談の輪があちこちにできました。来場の方が持ち込んだ戦前の地図に、船場の街角の公衆便所が載っていて、現在も同じ場所に公衆トイレがあるとの証言が飛び出して盛り上がる場面がありました。こんな話題で笑いあえる平和が明日も続きますように。
●読売新聞に記事掲載
同文庫には、享保15年(1730)版の「日本国全図」と題された石川流宣作の二色刷りの図があり、内容は日本海山潮陸図と基本的に同じです。掲載した部分図は南海域で日本各地の一宮一覧表が載り、その横に羅列国・女嶋が記されています。羅列国は一般に羅刹(らせつ)国と表記され、悪鬼の住む国の意。羅刹は転じて仏教の守護神にもなります。伝承も入り混じった日本地図を広げて、江戸時代の人々は海の向こうの世界にも想像を広げたのです。浮世絵師で地図作者の石川流宣(1661頃~1721頃)は、浮世草子作家としても活躍した多才な人。流宣が世に出した日本地図は「流宣日本図」あるいは「流宣図」と総称され、地図史に大きな足跡を残しました。
今回の古地図サロンで公開した図からひとつ取り上げました。大阪城にあった陸軍第四師団の経理部が昭和16年(1941)に作成した「大阪師管内里程図」です。
その後、読者から頂いた資料を拝見して、この冊子は戦時中に陸軍経理部が物資輸送などの経費算出に用いた資料だったとの推定に至りました。移動距離を目安に経費の概算を割り出していたと考えられるのです。正確さには欠けますが、膨大な業務の迅速な処理には有効。戦時中であり、陸軍経理部の感覚は民間とは異なっていただろうことを想像すると、あり得る話に思えます。
鳥観図絵師・井沢元晴の作品シリーズ。今回は倉敷美観地区絵図をとりあげます。
絵図を4分割したうちの3つを掲載しました。中央が大原美術館、大原邸、東洋美術館、染色館、陶器館、板画館、新渓園などの名が図中に記されています。江戸時代は天領として発展し、明治以後は倉敷紡績とともに近代的な街並みに生まれ変わりました。昭和5年(1930)誕生の大原美術館は日本初の私設西洋美術館としてあまりに有名。エル・グレコ、ゴーギャン、モネ、マチスなどの名作を揃えて、倉敷を象徴する施設になっています。
中央は大原美術館をはじめ文化施設群、右側は江戸時代の倉敷に水運で繁栄をもたらした倉敷川が流れ、倉敷考古館が建っています。倉敷は戦中の空襲を免れました。米軍側の資料によると倉敷にも空襲の計画があり、戦争がもう少し続けば被災していたとのこと。絵図に描かれたのは江戸時代から連綿と続く街の歴史の姿です。
6/22の読売新聞朝刊(大阪版)に『古地図でたどる 大阪24区の履歴書』の著者・本渡章さんの
【今回の目次】

●古地図を題材に社員研修
東畑建築事務所(大阪市中央区)所蔵「清林文庫」の逸品古地図をご紹介するこのシリーズ、今回は趣向を変えて、過去に催された特別展示2例をとりあげました。
解説書の本文と図版の中からトルスキー「ペトログラード都市図集」をご覧ください。ペトログラードは現在のレニングラード。ロシア文学の読者にはぺテルスブルグという過去の呼び名の方がピンとくる大都市で、本書の図をすべて合わせると4メートル四方になるとのこと。出版は1753年。できれば古地図ギャラリー第1回に掲載の「ブレッテ1734年のパリ鳥観図」と比べて見てください。精緻を極めた大都市図の魅力に触れていただけるでしょう。
もう1点は、2019年の「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪」参加企画として実施された「清林文庫展&オープンサロン」。主要展示となった伊能忠敬「東三拾三國沿海測量之図」は尾張・越前から東の諸国の沿岸と主な街道を記載した地図で、文化元年(1804)の成立。案内チラシによれば図のサイズは2×3メートル。左端に優美な富士山が描かれているのが見えます。伊能忠敬の地図は正確で、全国の近代測量地図が完成するまで用いられていたほどですが、今でも名声を保っているのは、絵画的な美のセンスにも理由があるでしょう。
「近畿の聖地名勝古蹟と大阪毎日」は、今回の古地図サロンの展示地図のひとつ。レポートに書いた書簡図絵とはどんなものか、写真なら一目瞭然。表紙の左上に切手を貼る欄があります。中面の通信欄はご覧のとおり、手紙文がしたためられるスペースに。折りたたんで封をすれば、書簡になります。なかなかの変わり種地図です。
不鮮明ながら注目されるのが、左上の伝書鳩(写真左上)。各地の取材現場で記者が書いた原稿を確実に早く本社に送る手段として、伝書鳩が活躍していました。写真に写っているのは十数羽ですが、かつて多くの新聞社は200~300羽の鳩を飼っていたそうです。船会社や消防本部の屋上でも、同様の光景が見られたとも。今、各地の街で見かけるドバトは、通信手段の発達にともなって野に放たれた伝書鳩の子孫といわれています。
井沢元晴の鳥観図から「古京飛鳥」「近つ飛鳥 河内路と史跡」の表紙を掲載します。後期の井沢元春は、日本史のふるさと飛鳥路を好んで歩いてまわったそうです。




中之島のフリーマガジン「島民」が、3月1日発行号をもって終了したことを記念して企画されたもので、12年間、全号の表紙イラストを手がけた奈路道のさんの表紙イラスト原画が展示されます。
また、同じく奈路さんが挿画を手がけている毎日新聞の人気連載「濃い味、うす味、街のあじ。」(江弘毅著)の原画も展示。カラーで描かれた原画は見応えあり。掲載時の紙面のコピーもあり、江弘毅の文章と合わせて楽しんでいただけます。
【今回の目次】
緊急事態宣言が終わり、「島民」最終号で紹介記事が載ったおかげで、この日のサロンは盛況となりました(3月末からは感染者増大。事態は急変)。今回のテーマは「鉄道&電車地図」。日本の近代化を牽引した鉄道と電車が主役の地図を展示しました。
その他では、大阪市電全盛期の電車案内地図に見入る方が多く、温泉名所や酒造家一覧を併記した鉄道地図も興味を集めていました。『鉄道旅行案内』の地図と名所絵を描いた大正の広重・吉田初三郎ついては、5月のサロン「鳥観図特集」でも作品を公開します。というわけで、コロナの動向が気になりますが、皆さまとまたサロンでお会いできるのを楽しみにしております。

5/22(土)午前10時~11時30分。中之島図書館・多目的ホール(3階)にて「清林文庫の世界と古地図トピックス」をテーマに講座開催。清林文庫(古地図ギャラリー参照)の古地図コレクションが主なテーマ。他に昭和の伊能忠敬と呼ばれた鳥観図絵師・井沢元晴の作品、天保年間の古地球儀の紹介と展示も。なお、講座開催日の前後に、清林文庫コレクションの特別展示も中之島図書館・展示室で催される予定です。
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城の周囲に多く記された数字は、地図の下覧に並ぶ市内の企業・商店の位置を示したもの。地図の裏面にも企業・商店の広告がずらりと載っています。この地図は、焼け跡から立ち直った地元の人々によって企画されたものでしょう。小学校に納める郷土絵図ではじまった井沢元晴の画業は、こうして活動の場を広げていきました。