3月3日
大阪 鰻谷 バー・ヘミングウエイ

 「ヘミングウエイ」がセルコヴァビルの6階から2ブロック束の路面店に移ってからの方がよく行くようになった。
 まだバブルの残り香がしていた2000年代の一ケタの頃、この店は深夜にその頃まだ珍しかったノーネクタイにスーツな「ちょい悪オヤジ」な客が女連れで来ていた。
 鰻谷の街はすっかり様子が変わった。
 スペインの機関から日本初のベネンシアドールに認定された松野直矢さんの所作は変わってないが、店は「昼からやってる酒場」「コーヒーもスコッチもあるスペインバル」というふうに変わって、常連客は店内のテレビで野球や相撲を見て歓声を上げててそれに松野さんが一緒になっている。

 「アモンティリャード。それとデ・ベジョータ切って」みたいな注文はしなくなった。
 腹が減っているときはサンドイッチを作ってもらってビール。サーデンは酢漬けとスモークを半分半分にしてもらったり、あるいはアテはいわずに出てくるオリーブだけでワインを飲んだりも当たり前になってきた。
 「ちょい悪オヤジ」とその仲間たちは相変わらず鰻谷の体質のように居るが、街場の喫茶店や散髪屋のようにその筋の全悪オヤジが客層に混じっている店では、彼らを「ちょい良オヤジ」だと見る方に軸足を置いた方が妥当だと思う。
 人にやさしい街、というのはそういうところのことだ。

記事一覧
江弘毅

編集者・著述家。雑誌ミーツリージョナルを立ち上げ、1993〜2005年編集長を務める。
2006年編集出版集団140B創立。著書「有次と包丁」(新潮社〕、「飲み食い世界一の大阪」(ミシマ社)など多数。毎日新聞連載中の「濃い味、うす味、街のあじ。」の単行本化、140Bから7月15日発売。

江弘毅