9月12日
大阪 福島 ミチノ・ル・トゥールビヨン

 26周年メニューを食べに行く。もちろんディナーだ。
 道野正さんの料理は、ものすごく斬新(ココットに入れたウサギとイカの煮込み カカオ風味)だったり、かと思えば古典的(古いという意味ではない/伝助アナゴとフォアグラ 牛蒡のプレゼ)だったりするのだが、ネタと手法が違うだけで、文脈が明快だ。
 そういう意味でミチノ流のフレンチは一貫しているのだ。一貫というのは、意味を間違えて取らないでほしいのだが、考え方や使う素材や料理法が「一貫して同じ」だというのではない。
 それではフランス料理にならない。それらが「変わること」「ヒネること」「ズラすこと」…のもうひとつ次数を上げた次元、メタレベルにおいての思想が「一貫している」ということでないと、エスプリが効いていないというか、面白いこともなんともない。
 こういうことは「皿の上」の説明を聞いても、料理素材や調理法の記号の羅列だけで、その時食べて消費すべきおいしさについては担保されるものの、料理に対しての考え方やセンスは分からない。それはエルメスのオータクロアを持っていても、アルマーニのスーツを着ていても、それだけ見れば当然そうだが、ダサいヤツは何を着ても何を持ってもダサいということだ。

 「京丹波の若鹿と栗 ミルフィーユ仕立て」ともなれば、猪鹿蝶の世界かと。さっすが巨匠。文句なんてつけようがない。
 この疑いようのないオヤジと、「あの雑誌がどうで」「内田せんせの今度の論調がああで」「キューバのリズムがこうで」という話題はじめ、服や時計やクルマやその他もろもろの「エッジの立ったよもやま話」でいつも盛り上がって20年。
 かれを通じて教えてもらった「フランス料理とはいったいどのような料理なのか」という輪郭への自分なりの理解は、その長い時間のおかげだ。

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江弘毅

編集者・著述家。雑誌ミーツリージョナルを立ち上げ、1993〜2005年編集長を務める。
2006年編集出版集団140B創立。著書「有次と包丁」(新潮社〕、「飲み食い世界一の大阪」(ミシマ社)など多数。毎日新聞連載中の「濃い味、うす味、街のあじ。」の単行本化、140Bから7月15日発売。

江弘毅