10月9日
神戸 県庁前 帝武陣

 以前もここで書いたことがあるが、洋食屋のカレーライスが好きである。
 大阪の『インデアン』などカレー専門店のそれももちろんおいしいけれど、「カレーを食べたいな」と思うとき、アタマに浮かんでくるのは洋食屋のカレーである。
 20年ぐらい前にこの『帝武陣』のカレーを食べてから、ここの旧オリエンタルホテルのカレーこそが、日本のカレーライスの代表ではないかと思っている。
 日本のカレーライスについては、とろみが特徴で、さらさらのインドカレーを英国人がアレンジしてつくったというのがオリジンだ。とくに戦艦や客船で航海中、揺れるなか、こばれたりせず食べやすいようにイギリス海軍がアレンジしたものという説が、説得力を持って語られている。
 この店の店主、山田美津弘さんは旧オリエンタルホテル出身のコックだ。1962年から20年間、オリエンタルホテルの直営レストランで腕を振るっていた。83年に独立して、つくった店がこの『帝武陣』だ。
 オリエンタルホテルは神戸開港すぐの1870年、外国人居留地に開業した日本最古級のホテルだ。相楽園の|日ハッサム邸には日本最古のガス灯が保存されていて、それが1874年のもの。東京に次いで2番目の電気事業会社、神戸電灯が設立されたのは1987年だから、ガスも電気もまだまったくない時代だ。薪か石炭ストーブで「西洋料理」が調理されていたのだろうか。

 「シェフ特製」カレーライスは、オリエンタルのコックたちが「100年カレー」と呼び続けるもので、数多く住んでいた在神インド人に影響されたのだろう、と山田さんは推測する。そのとろみは、日本で卵でとじた井の食感や食べやすさを取り入れたんではないか、とのことだ。通説とはちよっと違う、とても興味深い話だ。しっかし、すこぶるうまいな、このカレーは。
 それら旧オリエンタルホテルの料理は、戦後もあまりフランス料理ほかの影響を受けずに、神戸流「西洋料理」として「神戸の洋食」として定着したものの一つだ。ちなみにもうひとつの「神戸の洋食」の系譜は、日本郵船など外国航路のコックがそのまま陸に上がり、神戸の街場に伝播されたものだ。
 そういう話を聞きながら、食べる洋食のカレーはひと味もふた味も違うようだ。
 が、その旧オリエンタルホテルの料理を引き継ぐ店も人も数少なくなってきた。
 おっと、この日は昼に行って「フィレビーフカレー・1700円也」を頂く。書き忘れるところだった。

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江弘毅

編集者・著述家。雑誌ミーツリージョナルを立ち上げ、1993〜2005年編集長を務める。
2006年編集出版集団140B創立。著書「有次と包丁」(新潮社〕、「飲み食い世界一の大阪」(ミシマ社)など多数。毎日新聞連載中の「濃い味、うす味、街のあじ。」の単行本化、140Bから7月15日発売。

江弘毅