唐突だが、フランス料理店と鮨屋は似ている。それはシェフや板前と親しくなればなるだけ、余計おいしく楽しく食べられるからだ。
それは「上客」(エラそうや)とか「ソワニエ」(気色悪う〜)いうスタンスではない。要するに「店と客」の関係性の網の目からこぼれ落ちる、違った関係性である。なかでも嫁はんの実家が鮨屋だったり、小学校の同級生がシェフをしているというのが最高だと思う。
食べに行けば絶対「良くしてくれる」。それは「損得」とか「コストパフォーマンス」とかのそういう食べログ的な次元とはちょっと違う。
わたしはフレンチも鮨屋も友人の店が数軒あるからラッキーだ。
ただ「ツレと遊ぶ」というスタンスは駄目だと思う。なんぼツレであっても、料理をつくったり鮨を握ったりするそっちの方はあくまでも「仕事」である。だからベタついたり甘えたりして仕事の邪魔になったり、ほかの客が嫌な思いをするようなことをするのは御法度だ。友だちの店というのは難しいとこがあるものだ。
春名シェフは神戸に住んで以来、20年以上の近所のツレであり、朝9時に元町駅へ向かう通勤ルートの魚屋の前で仕入れのときによく会う。原チャリに乗って買い出しに行くその格好はジャージ姿(夏なら短パン)であり、そこで魚屋の若大将を交えての立ち話は、まるでヤンキーのそれだ。
さてこの日の料理。
フォワグラ、ハモと松茸、豚。デザートは桃。この素材、この量。おおきに。
唐突だが、フランス料理店と鮨屋は似ている。それはシェフや板前と親しくなればなるだけ、余計おいしく楽しく食べられるからだ。
それは「上客」(エラそうや)とか「ソワニエ」(気色悪う〜)いうスタンスではない。要するに「店と客」の関係性の網の目からこぼれ落ちる、違った関係性である。なかでも嫁はんの実家が鮨屋だったり、小学校の同級生がシェフをしているというのが最高だと思う。
食べに行けば絶対「良くしてくれる」。それは「損得」とか「コストパフォーマンス」とかのそういう食べログ的な次元とはちょっと違う。
わたしはフレンチも鮨屋も友人の店が数軒あるからラッキーだ。
ただ「ツレと遊ぶ」というスタンスは駄目だと思う。なんぼツレであっても、料理をつくったり鮨を握ったりするそっちの方はあくまでも「仕事」である。だからベタついたり甘えたりして仕事の邪魔になったり、ほかの客が嫌な思いをするようなことをするのは御法度だ。友だちの店というのは難しいとこがあるものだ。
春名シェフは神戸に住んで以来、20年以上の近所のツレであり、朝9時に元町駅へ向かう通勤ルートの魚屋の前で仕入れのときによく会う。原チャリに乗って買い出しに行くその格好はジャージ姿(夏なら短パン)であり、そこで魚屋の若大将を交えての立ち話は、まるでヤンキーのそれだ。
さてこの日の料理。
フォワグラ、ハモと松茸、豚。デザートは桃。この素材、この量。おおきに。